新しい友達
多脚車両アシダカを車庫に格納し、リコに案内されるままに車庫内のエレベータで地下を進んでいく。いくつか開いている小窓から見える外の様子は、初めは暗い地面だけだったが、突然巨大な空間に収まるきらびやかなビル群が見えてきた。
「ようこそ、新ツクバ市へ」
リコが芝居がかったお辞儀をして、ジェレミーたちは各々挨拶を返した。
「まずはIDを作りに行こう! それから休憩とごはん! それからえっと、ええっとー……」
指折りを始めるリコは、ジェレミーとジョシュが質問しかけた声が聞こえていない。あきらめた一人と一匹は、おとなしく小窓の外を眺めた。
IDカードを受け取ったジェレミーたちは、リコの同僚たちに交じって食事の配給の列に並んだ。
「今日はもう任務終了なので、食べ終わったら僕の家に来ませんか? ジェレミーさんはいろいろ聞きたいことがあるんでしょう? うちでならゆっくり聞けますよ。行きたいところがあれば、もちろん案内しちゃいますよー」
ジェレミーは最初に聞いておきたいことがある、と深刻そうなというより具合が悪そうな声でリコに尋ねた。
「さっきの、甲高い女声(おんなごえ)はなんなんだ? なぜやってる? できれば、やめてほしいんだが何か理由があれば聞く」
リコは、長くなるから家で話す、と言って、食器を手に取った。ジェレミーもうなずいて残りを口にかき込んだ。
* * *
リコの家は降りてきたエレベータから一キロ程度のところにあった。日本的な、ややつつましい家。おそらく連絡船暮らしが長いだろうジェレミーには十分広い居住空間である。どうしても地上にある家々より小さいが、林立するアパートよりは確実に広いだろう。
危ない仕事だから給料はいいんですよ、そうでなきゃ一軒家なんか手に入るわけがないですしー、などといいながら、リコが玄関を開け、靴箱からスリッパを取り出した。
早速リビングのソファに座って、質問会を始めることにしたリコは、ジェレミーの質問に答えた。
「パトロールは三人で行うことになってて、それぞれ二人でペアを組んで交代でやるんです。それで、だれが担当しているかわからないように、背格好や声が似た人同士でペアを組むことになっているんです。
僕の相棒は、体は男性で性認識が女性なんですよ。こんな時でなければ、ちゃんと体の手術とか、声ももっと自然にしたりとか、できるし、そうしてから女性と組ませてあげられるかもしれないんですけどね、今は、できなくて。
一番声が近いのが僕のあの声なんで、僕が組んでるんです。ヘッドセットを通せばあんなにキンキンしないし、だいぶ近い声です。僕以外はみんなもっと年長で、低い声だから。声が崩れないように、家の中以外ではあの声で通すことが多いですから、ちょっと困らせちゃいますね。ジョシュさんは特におびえてましたよね。ごめんなさいね。」
答えた後、リコはお茶を淹れると言って、奥のキッチンスペースに向かった。ジェレミーは見回しながら小声でジョシュと会話する。家具はあちこち塗装やワックスを塗り直したり上から塗り重ねたような跡が見える箪笥が一つと、今座っているソファだけ。スペースやクローゼットが作りつけてあるような様子もない。三十センチ程度四方の窓があるが、ガラスは接着剤か何かでくっつけて、境目を装飾してある。
時折お茶を汲みながら、ジェレミーは歴史の本の欠けている巻数相当の出来事と、なぜ地上にほぼ人がいないのかを教えてもらった。
次郎暦紀元八九七年、ジロウの統治者は星全体での鎖国を決めた。宇宙へ出向かず、ジロウを地球以上の母なるふるさとと決め、連絡船を追いやった。宇宙港はすべて空港に作り替え、宇宙船は転用されたり材料として分解された。数百年間、爬虫人類の小さな蜂起以外、何も問題はなかった。
紀元一三一三年の半ば、密航宇宙船の墜落により、有害物質がまき散らされ、墜落地点から三〇キロ圏内が封鎖された。かつて地球との空気の成分の差が大きかった紀元前の時代のように、全ての市がシェルターを復活させ、物質が分解されたと確認した後でもそのまま覆い続け、市内での自給自足を心がけた。
「場所によって環境条件が違いますからね、作物が育たなかったり作柄が大きく偏った町から、少しずつ死滅していきました。惑星連合の定期信号を担当していたひとつであるオマエザキ市が鎖国直後に起こった気候変動で海に沈んでしまって、もっとも新しい信号設備が失われましたし、他の担当自治体ももう技術者の継承が絶えてしまって、設備を動かすどころか点検もできない。
あとは、ここツクバだけです。ただ、ここももう、継承が難しくなってきてます。教本に書かれた惑星連合語が分かる人がいないので、入植当時の写しとか、古文書を引っ張り出して解読を進めて、やっと五〇年くらい前から最低限の技術継承をしているんですが、その古文書の解読結果が先月過激派に焼かれてしまいました。」
ジェレミーは、リコに、自分なら連合語が分かるかもしれないから、ありったけの記述を見せてほしいと申し出た。
「俺は連合の船からこの星に落ちたんだ。信号をなんとしてでも送って、俺が元いた船を探しだし、もっとはっきりと記憶を取り戻してやると決めたぜ!」
リコは感動で涙を流し鼻をすすり、ジェレミーの右手を両手で包み込んだ。
「出来る限りのことはします! 今からもう、あなた方は僕の友達だ!」
わあい、ともだち、ともだち、とブールが周りを跳ね回り、ネールが二人の足元に寄り添う。
「早速、訊いてみます!」
鼻をかみ、顔をウェットシートでふき取って、リコは連絡端末のダイヤルを押し、話し始めた。
じっと待つこと数分、リコは通話用のマイクから口を離し、叫んだ。
「文書館に集めてもらえるそうです! 行きましょう!」
おう! とジェレミーも声を上げ、一同はリコの家を出てレンタルカーに乗り込んだ。
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