mi'aria(港・空港)
ツクバにだいぶ近い小さな町ヒャクリサワ。シェルターは町の境ぎりぎりより明らかに小さい範囲しかない。しかし、見慣れた他の町のそれよりも、空が高かった。宇宙港のような空の出入り口は見えなかったが、町に入ってしばらく歩くと、理由が良く分かった。
町のほとんどが、空港だった。というか、空港の敷地と、空港に向かう需要道路のみをシェルターが覆っているというふうであった。空港の屋上のデッキから見回すと、町がよく見えた。そして、空白地帯の砂地の向こうにツクバらしき町がはっきり見えた。
この町の手前に昼でも薄暗い森が広がっていて、『犬』のほかに熊が出て迂回するのに疲れたジェレミーたちは、この町と隣のツクバとの間がコンクリ街道の上に砂や埃が積もっただけの状態であることを喜んだ。あれなら、犬がいても遠くのうちに発見して回避できる。
休憩と暇つぶしで空港の建物内を、今いる一棟だけさっと見て回ったところ、飲み物の自動販売機が生きていた。材料がなければ意味はないが、ダメもとでボタンが生きているものを押してみると、やっぱり氷しか出てこなくて、ジェレミーはつい笑いだしてしまった。
「そう都合よく、おいしいジュースが飲めるわけねえよなあ」
大笑いして上体をそらしながら、とん、と壁に背中をつけた彼は、氷の入ったカップを器用に取り出す猫とむぃを見る。ブールは短いおててを紙コップに突っ込んで、氷を一つ取っては猫のジョシュともう一体のむぃ・ネールに渡す。
二体と一匹がかりかりころころと氷を口の中で遊ばせ、ジェレミーは残った氷の一つを口に入れ、がりがりと噛んだ。
他には、スタッフ用の休憩室に、防犯用の電磁棒があるのを見つけた。電磁棒は表面に電気を帯びることができる警棒だ。
電気を起こすためのしくみと、起こした電気をためておくための蓄電池が内蔵されている。素振りのように何回か大きく振っておき、振ってから一時間以内にスイッチを入れると一〇分程表面に電流が流れる。強さの段階があり、最大にすると一分持つか持たないかではあるが、熊でも逃げるか頭や心臓を破壊する時間が稼げる。そもそもだいたい人間より『犬』や熊や『サメ』に使うものだ、とジョシュが言ったので、ジェレミーは何本か持ち出すことに決めた。
ちなみに、『サメ』は地球のサメに似ているジロウザメと呼ばれる生物で、海に面しているツクバにはもしかしたら縁があるかもしれない。
休憩しつつツクバの方角へ歩いていく。念のため、町を出る前に夜を明かし、朝早くヒャクリサワを離れた。地図を見た限りでは五キロほど開いている。休憩をのぞいた時間で二時間あればたどり着ける。大きな起伏もない。時間をはかりつつ等間隔で休憩を取っていく慣れた作戦を使う。
確かに、起伏もないし、今まで歩いた距離を思えばそれほど苦しい距離ではない。問題はそこではなかった。
『スキャン開始……確認……ID未所持。不法滞在者を発見しました。不法滞在者へ警告。こちらは、ツクバ市警察本部・人口管理センター所属、治安維持用AI搭載多脚車両アシダカです。』
ジェレミーとジョシュの足が止まる。むぃ二体は初めて見た巨大な機械におびえ、足を止めずに来た道を引き返そうとした。アシダカは名前の通り、巨大なアシダカグモのような足を八本生やしていてそれぞれ先に小さめながらもオフロード用の車輪がついている。逃げようとするむぃたちを、ジョシュが大声で鳴いて引き留めた。
アシダカと名乗る車両はそのまま音声を続ける。人間の女性をサンプリングしたような音声だ。
『ID未発行により、市内への侵入を許可できません。市民の場合は戸籍を確認いたしますので名前と住所、生年月日をお知らせください。旅行者など、市民以外の者は、通行証を発行いたしますので、他市で発行された通行許可証を提示してください。』
ジョシュが低く構え動きを止め、その背後でブールが心配そうにジェレミーを見つめる。ネールの表情はいまいち読めないが、ジェレミーには自分が対象かはわからないが何か心配しているのだろうと思えた。
「質問、していいか?」
一度ブールたちを見やって、ジェレミーは両手のひらを見せるように上げてアシダカに示した。返事はない。
「ここは、ツクバなのか?」
アシダカは質問に答えない。AIだから想定外なのか、ヒトが受け持とうと変わらないルーチンワークなのか。
『警告を無視した場合、あなた方を拘束します。』
ジョシュが四肢の筋肉を振るわせかけたのをジェレミーは制止した。
「よそから来て、この星の自治体の許可証の類は持ってない。どうすればいい? 犯罪者になる気はないんだ。教えてくれないか? その通りにするから、案内してほしい。」
冷汗がひとすじ、ふたすじ、額から落ちて、目に染みたが、ジェレミーはまっすぐ、アシダカの目……視覚センサーらしきものを見つめ続けた。
やっぱり壊れてるか何かで、破壊しなきゃどうしようもないのか、と思ったその時、自動音声ではない、かなり音質の悪い、人の声が響いた。
『うそ……でしょう? あなた、どこから来たの……連絡船どころか、連合の監査すら来ないのに。……あ、わかった、オオアライ・シェルターか、キモツキ・シェルターあたりから来たのね? うんうん、もう大丈夫よ。こっちはまだ有機材料もあるし、ほんものの野菜もまだ育つのよ!あっ、でもまだナリタとかサイタマとか生きてるかもだし……』
喋り続けるアシダカの中身を無視して、「話し方は女性だ」とジョシュが言った。言葉が分からないジェレミーは何のことだと聞き返し、ネールがsoutenn mare(あのひと、男だ)とだけ言った。
「ううええ? オカマかよぉ」
妙にひっくり返った声で叫びながら安心と驚きで腰を抜かしたジェレミーの前で、アシダカの、蜘蛛の身体部分がばかん! と二つに開いて、ジェレミーより大柄な若い男性が姿を見せた。
「やったぁ、ヒト、いたね! やったね、じぇれみ。」
ブールとネールがぽよぽよとジェレミーの周りを囲むように跳ねる。ジョシュはまだ警戒を解かず、構えたままじっと大柄な男を見つめる。
「はぁ、良く分かんないけど、本当に人間だわねえ。さ、こっちいらっしゃいな。あ、さっきの通行証がどうとかは忘れちゃっていいからね。どーせ、無理だしぃ」
蜘蛛の足のうちの二本が、変形して素早くジェレミーたちを捕まえ、コクピットの隙間にやや乱暴においた。むぃはむぎゅっと鳴いたし、ジェレミーもいてっと声を上げた。ジョシュは足から逃れたが、彼らが抵抗しないようなので自分から乗り込んだ。
「三人用だから狭いわねえ」
大柄な男は文句を言いつつも、楽しそうな様子で鼻歌を歌いながら町のほうへアシダカを動かした。
「あたしは……じゃなかった。僕はリコ。さっきみたいなときはリカって呼んでください。」
途中で自己紹介も忘れない。ジェレミーたちに自己紹介をするように促し、じっくり聴き終わるとジェレミーのことを「レミさん」という今までにない読み方をするのでジェレミーは戸惑ったし、ジョシュはシューちゃんと呼ばれ困惑したのだった。
ブールとネールのことはブルちゃんネルちゃんと呼んだ。むぃ二体は何も気にする様子はない。
ツクバの境界線でシェルターの見慣れた出入り口ではなく、もっと大きな扉からアシダカがずんずんと入っていく。入ると、車輪が滑り出し、揺れなくなったのでジェレミーとジョシュはそのことにほっとした。
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