iisiapau(街)

 『サガミハラ』と次の町『カガミハラ』の間にあるはずのシェルターの出入り口は、近辺が犬に似た大型の四足動物の住処になってしまっていた。姿を隠しやすく足の速いジョシュが偵察に行ったが、シェルターの出入り口が閉まった状態だということしかわからなかった。


 気を取り直して探し出したカガミハラの町中のシェルター出入り口は、外のシャッターが歪んでやぶれ落ちていた。さらに、砂や砂利がいろいろなものを巻き込んだ堆積物が三〇センチメートルほどだろうか、積もっていた。

 それでも中には入れる、と歩いていくと途中の隔壁がひとつ下りていて先へ進めなくなっていた。隔壁の隅のほうにある扉になっている部分の、手のひらより小さな窓の周りには、彼らがいる側から沢山の手形がつけられていた。こげ茶色い手形だった。扉のそばには何か鋭いものでつけた沢山の傷があった。初めに書かれた、規則的に刻まれた部分は、日本語の読めないジェレミーでも、文字だと感づいた。

 文字列は少しずつ線が乱れたり乱雑になっていき、最後は文字の大きさが倍ほどになっていた。ずっと辿っていくジェレミー。


 ひとつだけ、彼にも読めた四文字。


「サヨナラ……」


 ブールとネールに他の文字を解読してもらい、刻まれた文字は、数日分の日記だとわかった。この隔壁の両側に隔てられてしまった誰かが、向こう側の誰かのもとへ行ける日を待っているうちに死に絶えたのだ。


 ジェレミーはブールに、開ける方法はあるか尋ねた。ネールが少し離れた場所の配電盤や操作盤をぽちぽち、ぱちぱち、複雑な操作をしたが時々遠くに電灯の明かりばうすぼんやり見えるときがあるだけで、隔壁も、他の隔壁や扉も、ぴくりとも動かなかった。

「だめだね。機械がこわれちゃってるね、たぶん」




 他の入り口を探すために、街を行くジェレミーたち。サガミハラよりもビルの密集は少ない。しかし、あちらのような破壊の跡は少なく、破壊の痕跡は地上付近が主だった。高層の建物の上部だけ見れば、被害ははるかに少なく感じる。

 おそらく、住んでいた、もしくは外から来た人間によって破壊されたに違いない。そう思えるような、まさに、人の腕の届く範囲ばかりが破れ、壊れ、瓦礫が散乱していた。商店が並んでいただろうと思える外観だったが、壁や床は剥げ落ちて、土砂や埃や瓦礫で汚れたモノがいくつか転がっているだけだ。


 休みながら、あるいは『犬』などから逃げながら二〇キロはさまよっただろうか。まったく別の区画の地下街の路地でシェルター入り口を見つけ出したジェレミーたちは、扉が薄汚れてるだけでまったく無事なことを喜びながら、そっと聞き耳を立てたのち扉を開けて中へ入った。


 あちこちに人間の骨が横たわっていた。思い出した知識の中に骨の年代の見かたなどなかったが、ジェレミーはその骨のもととなった人間は少なくとも何百年も前に死んでいたんだろうと思った。まるで、博物館にある人類の祖先の化石のような色をしているものもある。


 シェルター内の構造を示した案内板を探すのに時間がかかった一行は、見つけた案内板から近い部屋で夜を明かすことにした。


 ジェレミーもジョシュも、足が張ってしまって、ネールとブールがマッサージをしてから眠りについたが、翌朝、あまりに筋肉痛がひどくて、ジェレミーは情けないうめき声を上げて動けなくなるのであった。


 案内板を見てどこへ行けそうか、ブールとジョシュが話し合うのが小さく聞こえる部屋で、ジェレミーはネールに全身をマッサージされていた。彼がどれだけ痛がろうが、叫ぼうが、ネールは手を休めない。言葉が分からないのを差し引いても、痛がっていることぐらいわかってくれ、とジェレミーは愚痴った。

 しかし、あとでブールに聞いたところ、ネールは痛がっていると気づいていないのではなく、痛かろうが何だろうがマッサージしておかないとそのまま痛いのが続くだけだからやった、と説明し、ジョシュが合理的でよいことだとほめたため、ジェレミーはもうこのことについて何も言うことはないと心をへこませるのであった。



 シェルター内は外から入られていない限り、危険な野生動物はいない。地上より安全な移動ができる。ジェレミーたちは持っている地図と地名を照らし合わせながら数日ごとに町を移動した。次郎東京にだいぶ近い『ツクバ』という自治体に宇宙関連の研究所や企業、宇宙港があることを知ったので、そこを目指すことに決めた。


「でっかい図書館があるって聞いたことがあるから、何か見つかるといいね!」


 ブールがわくわくした声で言う。宇宙港がある町なら、惑星連合の公用語……英語の仲間になる言葉で書かれた記述も見つかるに違いない。言葉に関してはだいぶ思い出してきたジェレミーは、おう、と返事をした。足が腫れて休んでいるが、もう心がへこんだりはしていない。

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