smiegu(元に戻らないこと・死)
ジェレミーたちは、数日の間、町を見て回りつつ、猫たちの隠れ家に居候した。食べ物は各グループ自ら取るという猫たちのおきてに従い、持っていた食料パックをあけるか、退治した獣を切り刻んで焼いた。
二十五日目の昼頃のこと、まだ行ったことのない区画に足を延ばした彼らは、入れない建物のエントランスにぶよぶよしたかたまりがあるのを見つけた。
むーぃ、むむー、きゅーい
ブールとネールはそれを見て歌うようにしばらく鳴いた。共にいた猫たちはおとなしく伏せ、ジョシュはこうべを垂れた。ジェレミーは目に涙がにじんでくるのをそのままに、ただ歯を食いしばっていた。シェルターの奥で見た骨よりも生々しく感じたのだろうか。本人にもわからないのだった。
その塊は、むぃの亡骸だった。むぃは死ぬと水分に溶け、時間がたつと消えるようにその場からなくなる。しかし、その場所は建物用の小さなバリアの範囲内で雨もかからない。溶けきれないのだ。
茶色ががった、泥水を固めたような、人の頭ほどの塊が数個と、細かい塊がたくさんになっている。
「おみず、ないと、こうなるんだねえ」
普段の間延びした調子でブールが言う。悲しくないのかとジェレミーが問うと、ブールは少し考えているのかゆっくり体を揺らした後、答えた。
「かなしいけど、いきものだから、しんだら、しんで、こうなる。水があって、溶けて消えても、それは土とかといっしょになるの。それは、みんな、おんなじ」
ジョシュがバリアに張り付くぐらいに近づいて、じっと観察した。彼の見立てでは、少なくとも、ここひと月ほどの間に死んだと考えられた。ずっと町から出ない猫たちにとって、むぃは時々(と言っても一年に一度あるかどうかだ)群れで見かけるものであって、一体でひっそり死んでいるものではない。
しかも、バリアがあるのにどうやって入ったというのか。
バリアの外の建物を猫たちが上ったりし、ジェレミーは空を見上げ、むぃ二体はバリアをぺたぺた上ろうとして落っこちる。情報を突き合わせると、別の建物の中に、地下シェルターへの入り口があり、シェルターに、各建物へ通ずる道がある事が分かった。地下シェルターにはむぃの溶けそこなった死骸がいくつもあった。
バリアのあった建物との境にある扉は開いていた。そして、扉の周りに、動物の血が垂れたり飛んだ赤黒い水玉があった。
ジョシュとジェレミーが、さらに気を配るように注意する。猫たちの精鋭数匹だけを連れて、ジョシュが静かに扉の向こうの床に足を付け、気配と匂いを探った。
「いまのところ何もなさそうだが、しかし、かすかに何か匂う」
ジョシュの言葉に、ジェレミーはシェルターで拾ったバールを握りしめる手に力がこもる。猫たちも周囲を警戒しながら、じりじりとジョシュの後に続く。
張り詰めた状態は長く続かない。途中、何度も空っぽの部屋で休みながら、建物の五階ほどまですべての部屋を回った。ロの字のような廊下に並ぶ扉。ジェレミーは病院のようだと思った。部屋は、広さによって数は違うが、椅子やベッドが並んでいた。ただ、機械などはない部屋が多く、病室らしい部屋は二階までにしかなかった。あとは、ホテルや、居間かなにかのようなゆったりした雰囲気の部屋だった。
六階から先を進むかどうか話し合って、この階に何もなければ隠れ家へ戻ろうということに決めた矢先だった。ジョシュが、入ったときから気にしている匂いが大分強くなっていた。ジェレミーも何となくくさいなと思うほどだった。
ジェレミーは、ジョシュに匂いを追うように提案し、ジョシュは了承した。追いかけていくと、廊下の壁に一か所、おびただしい量の血や吐しゃ物がぶちまけられていることに気付いた。床にはそれらで出来た足跡。明らかに、人間のもの。
足跡が続く扉の前で、彼らは一度立ち止まり、作戦を立てる。抵抗した場合。何かに感染していた場合。何もしない場合。友好的な場合。簡単に指針を決め、ジェレミーがゆっくり扉を開けた。
ジョシュが体を滑り込ませると、そこには人だったものが倒れていた。男で、ジョシュはおぼろげに聞いたことがあるだけの、惑星連合連絡船の制服を着ていた。古めかしい、実弾が出る拳銃が手から零れ落ちていた。
ジェレミーはジョシュが止めるのも聞かず、男の制服の上着をはぎとり、ポケットを全て調べた。それからそれを捨て、男のスラックスのポケットを調べた。そして、首の周り。
ジェレミーは男が首から下げていた二枚のドッグタグから丁寧に一枚だけ外した。
「手掛かりに……なるかもしれないんだ。」
ジェレミーはジョシュに謝罪した。
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