はじめての「まち」
ジェレミーが来て十七日目の昼過ぎ。今いるシェルターの地図作りに蹴りがついた彼らは、次の目的地をどこにするべきか話し合っていた。
最初は、あの図書室のあるシェルターの地図を作る予定であった。しかし、シェルターの奥のほうにあった別の出口の十キロ程度向こうに、町があるかもしれないことが分かったので、そちらにするべきか。
町の存在は、歴史の本を読んでいた時に、シェルターの奥のほうに書かれていた地名を見つけたことから気づいた。ジェレミーは漢字は読めないが、文字の形で絵のようにかたまりで覚えているのだ。
本についている地図にはシェルターも描かれていた。作った地図と比べて多少恰好が違っているが、構造物が増えただけで完全に変わったりはしていないようだ。覚えている出口の場所とも一致している。
人がいたほうが人間がかかわったものを探しやすいだろう、というブールの提案で、彼らは目的地をその町に決めた。ブールが漢字にふられた読みガナを理解できたので、その町は『サガミハラ』という名前だとわかった。
ちなみにジェレミーが入っていったほうの出口と、その先の砂浜には『ツクモガハマ』という名前がついていた。ネールが出口の端末をいじくって、どん、どん、どんという大きな音とともに巨大な扉を閉めた。動物が入り込まないようにするためだ。
サガミハラへ向かう前に、残った食料や、密閉容器に水を汲んだものなど、生活に必要なものを全てかき集め、一つのツールボックスに詰め込んだ。ボックスには移動用の車輪やソリなどがついている。出口までは車輪を装備し、ソリはしまいこんだ。
丸一日かけて、サガミハラ出口へたどり着いた。それまで歩き回ったぶん、野生動物などは居なかったが、出口付近のごく一部は、蚊柱やハエの集団が住み着いていた。先へ進むだけなので適当に追い払うくらいしかしない。
外へ出ると、群青と濃緑と黒の世界だった。日が落ちて少し経ったようだ。夜の森を進む無謀さは持ち合わせていない彼らは、引き返して、扉の機能が生きている部屋を探して、そこで夜を明かし、それからヤシモドキのない森へ入っていった。
高低差があって、森を割るように、遠くまで道が続いているのが見える。木に興味のないジェレミーでも、砂浜のヤシ(ヤシモドキであるが)とはまったく違うことと、針葉樹でないことぐらいはわかる。方角はネールに任せ、地図と見比べながら数キロずつ進んでいくと、やがて高低差はほぼなくなり、森が開けた。
町はあった。しかし、ジェレミーの知っている「まち」ではなかったし、ブールやネールが知るそれでもなかった。
見えてきた高層建築は今にも崩れそうにあちこちえぐれたり削れたりしているのが遠めでもわかるありさまだった。
空調や防御のために町を覆うシールドの境界を見ても、見える限りシールドがなかった。
そのあたりまで来ると、町はとても人が暮らしている様子はないことがはっきりわかる。崩れた瓦礫であちこち道がふさがっているし、別の場所には側に立っている家一軒がまるごと入ってしまう巨大な穴が開いている。
ジェレミーは落胆し、ひざを折り手をついた。それでも、調べるしかない。何度も自分に言い聞かせてから、彼はようやく立ち上がる気力を取り戻した。
* * *
ジェレミーの足音がこつ、こつ、と。
彼の引くツールボックスの車輪がごろごろ、ごろごろ、と。
ブールとネールの進む音がぽよ、ぽよん、と。
他に音はあまりしない。風が通り過ぎ、しばらくして、かろうじて枠にぶら下がっていたガラスが落ちてバリ、だとか、落ちている細かなものが転がったり、という程度だ。人間の出す音は、まだ、しない。
あまり崩れていない、五階建てのせせこましいビルを見つけたジェレミーは、その屋上まで登って、町を三六〇度見渡した。そして、遠くに、崩壊していない高層ビルがまとまっている場所に気が付いた。もし人がいるなら、そのあたりだろう。少なくともジェレミーは、こんな崩れかけの場所で落ち着いて食事をしたり、ぐっすり眠れるとは考えなかった。
水を一杯ずつ飲み干して、彼らは目的の区画まで歩いていく。一時間かかるかかどうかというくらい歩いて、目的の区画らしき場所にたどり着いた。
ほんの少し、不思議な場所だった。細かいひびはあちこち入っているし、ガラスも割れているけれど、建物は崩れたり倒れたりしていなかった。正午近くなったので適当な建物に入ったが、内部も細かいひびやモノの散乱程度で、屋根や床が抜けているとか、壁に穴が開いているとかそういうのはなかった。野生動物の形跡も、鳥の糞や巣の残骸程度で、大型の肉食獣の形跡はない。
ただ、いくつか建物に入ってみると、場所によっては、何か中型~小型の生き物が出入りしているような跡があった。夕方、寝床を探して、元はマンションらしき、二〇階以上ある高層建築に入ると、猫の足跡を見つけた。
ジェレミーたちが警戒しながら足跡を追うと、エレベーター乗り場で足跡が途絶えた。
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