pa(話す、しゃべる、読みあげる)

 十一日目の朝。食事の片づけを終えたジェレミーは、ブールとネールと共に、今いるシェルターのおおまかな地図を作るために巡り歩いた。


 大まかには、縦棒のやたら長いカタカナの「キ」のような太いトンネルで出来ているのは一通り歩いて分かった。ジェレミーたちが生活していたのは、「キ」の長く伸びた下棒の先であった。しかも、上端は壁ではなく、隔壁が閉じられているのだ。つまり、本来はその先がある。


 ブールが知っているところによれば、こうした巨大シェルターは地下街のように張り巡らされていて、いくつかつながっているらしかった。しかし、隔壁の開閉を管理している場所が分からない以上、先へは進めない。

 この隔壁から進むことが出来れば、もっと楽に、図書館のあったあのシェルター街に行けるし、その他のシェルターにも行ける。町に近い出口を探せば、地上の町も見つけやすいだろう。


 夢を見ても仕方ない。細かい道を数本書いたところで、ジェレミーは腰を下ろし、さらに体を倒して寝転んだ。少し眠った後、目を開けた彼の体に、こつんと当たるものがあった。ネールが本でこづいていた。


「おう、お勉強の時間ってか。」


* * *


 述語の位置がちがう、日本語的な語順にとまどいつつ、ジェレミーは基礎の基礎の文型だけその場で覚えた。


A

 質問の回答など。何が~という質問に対する名詞や、方向をさして「あちら」というなど。名詞や動詞などひとつの単語か、それに格詞のみがついたもの。


A→B

 名詞と、述語や修飾語などのみの形。「AはB(である)」、「AはBする」のようにAが主語でBが述語の場合だけでなく、主語や述語など明白なものを省略した「AのためのB」「Aに対するB」「AとB」のように主語+述語でないものも文章として扱われる。


という二つだ。長い文や、文節を重ねたものも、分解すればAとA→Bで出来ているのだし、一度にたくさん憶えても使えなければ忘れてしまう。


「ええと、『ai ekuru zieremi』、俺はジェレミーだ。これは大丈夫か?」

「うん。えくる、いらないけど、最初は、つけたほうが、自分でわかるよ。」


「次は、『隣の人をさしてみよう』、だって。えっと、『しい じぇれみ』!」

「おう。『si'i ekuru b'ur』」


 頷くように、ネールがぷよぷよと体を上下に揺らした。促すように、次の章に、指のように触腕を伸ばし、とんとんと叩く。


「次は……こうか。『b'ur i neer』、ブールとネール、な」


「その次は……」


 見開き二ページぶん作文をして、少しのどを潤すと、ジェレミーたちは次の通路へ向かって行った。休憩のたびに復習をすることで、何度も練習できる。「キ」の左上の棒から伸びる通路を終えた彼らは、時間を見て、それぞれの部屋まで帰った。今のところ虫や手のひらに乗る程度の小さな動物しか見ていないが、念のためである。


 ブールとネールが知っている範囲では、この辺りには、そこそこのむぃたちの他は、四つ足の肉食獣などのけものばかりが生息しているらしい。そして、行ったことはないが、他の地域に住むむぃの中には、人間と会ったことのある者もいた。

 人間は閉じこもらないと肉食獣に食べられたリ、おもちゃにされてしまうなどして死んでしまうことは珍しくなかったようだ。災害だけでなく肉食獣の異常繁殖なども想定されているらしく、通路の中には、武器が置かれた部屋の扉が並ぶ場所があった。まずいことに、そいつらはむぃも食べる。

 古い時代、むぃが人間と暮らすことを受け入れたのは、自分たちが食われにくくなるからという理由もあったのかもしれない。

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