nimi'eeno(名前)
ドールが落ちてきてから一〇日目の朝が来た。ここ数日で確立したとおりに、調理室で野菜や合成肉を炒めて食べ、皿を洗い、腹が落ち着いたら部屋に戻り、出口近くに張ったロープに手洗いした服をひっかける。昼は暑すぎるので、部屋で涼しくなるまで本を読んで過ごす。日が傾きかけたくらいに軽く散歩に出て、陽が落ちる前に帰ってくる。そして腹ごしらえをしたらブールと遊んだり、本の内容を教えてもらったり、考え事をしたり、本を読んだりして、眠くなったら寝る。
このころには文字――アルファベットは思い出してきていたし、書き言葉も多少取り戻してきた。本はほとんど日本語と共通言語で書かれていて、読めるものは少ない。その数少ない本は、次郎の外について書かれたものや、定期船の中で使う合図やマナーなど、外で使うことを前提とした知識ばかりだ。
そんな生活の間に、ドールは自分の名前かもしれない名前を思い出した。ジェレミー・P・カークランド。図書館の時のように、過去のことが夢に出てきて、彼のことをジムとかジェムとか呼んでいた。そして、何かの証書に名前が書いてあるのが見えたのだった。
それじゃあ、むぃたちも『ジェレミー』って呼ぶ? とブールに尋ねられ、そのほうがいいかもしれないと彼は思った。今はドールのほうがしっくりくるが、呼ばれていくうちに、余計にジェレミーだったころを忘れていくのは嫌だと考えたのだ。
練習とばかりに、ブールがじぇれみー、じぇれみー、と何回か呼び、ジェレミーは「おう」と返事をし、確認するように、自分でも名前を何度か口に出してみる。そのうち、ネールも
「じぇみ」
と一言言って、ぽよりと跳ねて寄り添った。
「おう、ありがとな」
ジェレミーはネールを撫でた。日本語よりは、共通言語のほうが覚えられそうな気がする。なんたって、漢字を覚えなくて済む。自分で読めたほうが、教えてもらうより効率よく資料に当たることができる。
一〇日目の夜、ドール改めジェレミーは、ネールとブールを先生にして、共通言語を読むことを教えてもらうことにした。
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