ram'ya(夜)
ドールは、最初に自分がかなりの記憶を失ってしまったか、思い出せない状態であることを断ってから話し始めた。
* * *
あんたに助けられて目を覚ます前について、覚えてるのは、宇宙船の格納庫にいたことだ。俺は、先に小型の探査艇でこの星に降りて船が着陸するときの誘導か何かをするはずだったのかもしれない。
とにかく、格納庫にいたのを覚えてる。ここまで歩いてくるとき、お前さんは、俺を落とした船が引き返したって言ったよな。そもそもその船がなぜこの惑星に来ることになったのか、せめてそれを思い出せれば、引き返した理由や、俺が格納庫にいた理由もわかるかもしれないし、船の行き先なんかも推測できるかもしれない。まあ、今は生き延びることが先決だがな。
その前は……その船かどうかわからんが、宇宙船の船長の通信を見た。黒くて長い髪の、美人だけど性格キツそうな女でさ。話し方も硬くて、挨拶を真面目に長話入れてべらべらしゃべってたっけな。
あとは、わからん。惑星の名前はいくつか思い浮かぶが、どれが出身だとか、どこで何をしていたのか、思い出せてない。これも、ゆっくり、考える必要がある。知識も断片的で、例えば、そこの箱なんか、ほとんど俺にはその文字らしきものが読めねえ。見覚えのある文字もあったが、読めなかった。
そういえば、ここは何かのシェルターみたいに見えるんだが、人はいないのか? 地球人でもここの原住民でもいい。……知らないか。あ、探しに行くことはできるか?もし心当たりがあるようなら、明日から、教えてくれ。そうだ、俺はまず、ほかの人間に出会いたい。少しでも、記憶の手掛かりが欲しい。俺が何をするためにここに来たのか、まずはそれを知りたい。
* * *
「きょうから ここ きみの おうちになる だいじょぶ?」
ブールは、部屋に詰まれた箱のことや、ほかのいくつかの部屋についてドールに教えた。そして、ネールのこと。
「ネール 人間のことば わからない。そういうふうに そだった」
ネールが分かるのは、彼らの言う『古い時代』に作られた、『共通言語』と呼ばれる言葉だ。人間のことばを混ぜ合わせて作られていて、ネールたち『むぃ』と人間が少しでも同じ認識を持てるようにという狙いがあるらしい。人間たちもむぃたちも、両方が使う記録や表示などは、この言語で書き記した。ブールたちが知らないどこかに、たくさんの記録が残っているかもしれない場所があるが、そういう場所があるということ以外何も知らない。
「なにか やくにたつこと かいてあるかなあ? かいてあると いいなぁ」
ブールの言葉に、なぜかドールは寂しさを覚えた。
むぃたちは、数匹ごとに、散らばって暮らしている。家は、それぞれで適当な場所に穴を掘ってつくるか、人間の施設などの跡を利用する。必ずひとり一つという決まりがあり、例えば、ブールとネールは別の部屋をそれぞれの家として暮らしている。そして、ドールが来たので、ブールはまた違う部屋を、新しい家として使うことを宣言した。
別に一緒でいいとドールは言ったが、ブールはふるふると体を左右に振った。君が独り立ちできたら、自分は一緒にいてはいけないのだと、ブールは言い張った。とりあえず今日はもう遅いから、今だけ一緒でいいだろう、とドールが説得して、ふたりはその部屋で眠りについた。
時間の感覚が分からない。目を覚ましたドールは、ブールが居ないことに気付いて焦った。積んである箱の開け方もわからないし、部屋の扉の開け方すら尋ねるのを忘れてしまった。幸い、風呂とトイレのユニットが見つかって、特に鍵や面倒な仕掛けもなく、使うことができた。
水道の水は濁りもなく、やや弱いながら一定の水量を保っていた。つまり、浄水施設などが生き残っているのは確実だ。ドールはささやかな喜びとそれ以上にささやかな安心を得た。
風呂場で服と体を洗って適当に干したドールは、しばらく待って戻ってきたブールに新しいスーツを出してもらって着た。そして、一回分と書かれたリュックサックを背負い、ブールと共に外へ出た。
陽が昇ったばかりの薄暗い空はせっかく得た喜びと安心を溶かして消してしまうかのようだった。ドールはぎゅっとカバンの紐を握った。
「むぃ」
ブールが一回鳴いた。ネールが答えるようにむぃと短く鳴き、後ろをついてきた。前からブール、ドール、ネールという順で、彼らは歩き出した。
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