mi(むぃ、生物名または彼らの鳴き声)
名前を忘れ、良く分からない知性体に名前をもらったドールは、知性体のあとについて、森の中へ入っていった。はじめはヤシモドキのような南国的な雰囲気の木々も、奥へ行くと木の種類が増え、枝葉で空が覆われていき、時間間隔があやふやになっていく。
くたびれるほど歩いては休憩し再び歩くを何度か繰り返しているうちに、肌寒さを感じたドールは身震いした。
「さむい?」
丸い知性体ブールが声をかけてきた。前を進んでいるはずなのに後ろが見えるのだろう。
「だったら ちょびっと いそごうね」
ブールが前を行く仲間に声をかけると、先頭を行く知性体・ネールの動きが早くなった。もぞもぞと、這うような、滑るような動きは、ドールにとっては知識や記憶の喪失を差し引いても不思議なものに感じる。もちろん、地球にはこのような生物はいなかった、はず、とドールは思う。
日が傾いたのか、わずかな隙間から除く空の色が変わっていく。夕日の色が残っているうちに、ブールたちの住処らしき場所へたどり着いた。
「おうちへ ようこそ です」
ドールには、それは地下施設への入り口のように見えた。一人用くらいの乗り物ならそのまま入れそうな、3メートルくらいの幅の通路で、もともとはシャッターがあったように見えたが、今は端のほうを少し隠しているだけで、通路のほとんどが丸見えだ。明かりの類はなく、奥の様子はわからないが、見える範囲でも、壁にいくつか扉がある。
「おひさま ないと さむいからね はやく おへや はいろうね」
ドールはブールに案内され、扉の一つを開けて、部屋に入った。この通路は人の手が入っていないような場所に見えたのに、扉のシステムだけは、生き残っているのだな、とドールは感心した。
部屋は直径1メートル程度の丸い生き物と人間の男一人には明らかに広すぎた。
一角に金属で出来た箱が綺麗に詰まれていて、その周りに開いた箱がいくつか転がっていた。
ドールは箱の中身が気になったが勝手に触るのはよくないと思い、ほかに何かないか見回した。ネールは他の部屋に行ったようだ。ブールが転がっている箱の一つを開けて、何か引っ張り出して、ドールの元まで持ってきた。それから、別の一角にある、宇宙船用の衣装ケースから船内用スーツを取り出し、壁の何かボタンを触手でぽちぽちと何回か押した。
ぼわ、ぼわ、と奇妙な音が数回したあと、ぶーん、と音がして部屋の中が心なしかあったかくなった。ドールは改めて、自分の手足、服装などを確認した。
船外活動用の、重苦しいスーツ。と言っても一番外側の、ぶくぶくした宇宙服部分はない。しかし、生命維持だとか、快適さだとか、そういうものは全部その一番外側に機能がついている。そういうことを、ドールは思い出した。
宇宙服の下、今着ているのは、船外活動専用のインナースーツで、外側の機能を助ける。しかし、ドールのそれは、何か所か、切られたかのように裂け目が入っていて、機能的には重い服でしかなくなってしまっている。
ドールは、ありがたく船内服を受け取って、女性用でないことを確認して、おとなしく着替えをした。彼が着替えている間、ブールは何か探しているようで、箱をいくつか開けては閉め、開けては閉めていた。
着替えが済んだドールの前には、非常糧食と書かれた迷彩柄の紙箱が置かれていた。
「ごはん たりる?」
ドールは「ああ」と返事をして、箱の外面を一生懸命見た。見たことがある文字があるし、これは漢字だ。つまり、中国語か日本語か、とにかく知らない言葉だ。びっしり文字が書かれている個所があり、その近くに説明イラストと簡素な英語文が書かれているのを見つけられなかったら、彼は食べられなかっただろう。
(非常食、か。ここは災害時の避難所か何かなのだろうか。)
ドールは化学的なしかけでほかほかと温まった非常食を食べ始めた。ブールはただそれをじっと見ている。
「……ほしいのか?」
ドールが短いフォークを差し出しながら尋ねると、ブールはいらないよと答えた。ドールはフォークを口元へ寄せ、ぱくりと合成肉を口にした。それを十分に咀嚼して飲み込んだ後、話したいことがある、と未だ自分を見つめ続けるブールに向かって声をかけた。
「ちょっと、まずいことに、俺は、ここがどこなのかとか、何をするために俺はここへ来たのかとか、いろんなことを、忘れちまったし、お前たちのことも、何も知らないんだ。
助けてくれたのはもちろん感謝する。だが、ちょっと落ち着かせてほしい。できれば、しばらくここにおいてくれないか。」
ブールは小さくぽよぽよ跳ねた。
「だいじょうぶ いつでも ずっと いても いいんだよ」
分かった、とドールは返し、残りを食べ始めた。
「むい、むむい」
ブールが短い鼻歌をうたい、
「ドール、よろしくね」
つぶらな目をぱちぱち瞬かせた。
「それじゃあ きょうは ちょっぴり よふかし かも?」
「分かる事を話せって? もちろんだ。そっちが知ってることを、いろいろ、教えてくれ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます