落ちてきた男

at(場所、地、地面)

 男は意識を取り戻した。目を開ける前だが、かなり眩しい。船内の灯りは、降下シークェンスより前から暗くなっていたはずだし、何より男は待機場所がカプセルの中だったから、明かりなんか操作パネルの横のちっぽけな赤色のつぶみたいなものしかなかったはずだ。


 警戒しながら、男は薄く目を開けた。それと同時に、少しずつ全身の感覚に気を回して、ほどよくひんやりとして心地よいふわふわ、むにむにした感触に気付いた。男は眩しくて目を覆い隠そうとしたが腕があまりに重たかった。

 ごろり、と寝返りを打ち、体の向きを変え、眩しくない位置で改めてゆっくり目を開けた男は、自分が乗っているそれが動き出したこと、それが生き物であることに気付いて、びくり、と体をこわばらせた。生き物と自分が動いたことで、じゃり、と砂浜が鳴る。

 男は、まったく情報のない現地の生物に、無防備に触れ、あまつさえ気絶した状態でずっとそいつの上で寝ていた自分の愚かさを呪いたくなった。


 毒でももってたら、俺はもう死ぬなあ。男が自嘲気味に笑おうと顔をひくつかせると、子ども声の案内ロボットのような、高い声が聞こえた。


「どく もって ないよ」


 その生き物がしゃべったのだと、男はすぐに受け止めた。ほかに気配も何もない。ゆっくりと体を起こしかけ、その生き物に支えられ、男は周りをできるだけの範囲見回した。同様の丸い生き物がもう一体いる以外、動物は見えなかった。植物はヤシの木に似た、ヤシモドキと名付けられた木が思い思いの方向に伸びきっていて、自分たちがそのうちの一本の木陰にいることが分かった。


「ぼくら ヒト なおせない あんまり。 おうち かえる」


 生き物が小さくて短い触手のような突起を出して、男をつついた。そして、もう一体の生き物に向かって、


「あっと てわ、だむう い」


何か言った。もう一体は返事のように一度「むい」と鳴いて、もそもそと動き出した。男を乗せた生き物が後を追うように動き出した。


「きみ、なんて よべば いい?」


 言われて男は困り果てた。必死で思い出そうとしても、人々が自分のことを呼んでいる場面が浮かんだが、なんと呼んでいるかわからなかった。額の冷汗が、髪の毛に吸い込まれた。唯一思い出せた単語について、何だったかとか自分にどんな関係があるのかとか、考えていると、生き物はまた男をつついた。液体の入った小さな容器を差し出していた。男が受け取って、少しの思案ののちに飲み干すと生き物がつぶやいた。


「どーる。じぶん ぶーる、あれ ねーる。」


 男が、ドール、とつぶやくと、生き物はうん、と言った。いい悪いとか、センスがどうとかはわからないしどうでもいい。男は、ありがとうと礼を言い、飲み物の入っていたコップを返した。男は生き物から降りた。


「俺は、ドール。お前がブールで、先にいるあいつがネール、でいいんだな?」


 生き物はぽよりとはねた。


「きにいって くれた?」


 ああ、と男が答え、歩きながらもう一杯飲み物を飲み干すと、ブールはきゃっきゃと笑った。ヤシモドキ以外にも木が増えてきて、ちょっとした森になっていた。

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