第7話 女スパイ ヴァーゴ
横浜防災基地の会議室
「パオリ。ひさしぶり」
部屋に入ってきた銀髪の男性を見て声をかけるランディ。
振り向く翔太達。
無視する飛鳥Ⅱ。
「ランディ。僕は特命チームと一緒に行動する事になったんだ」
「よかったね。僕のも役に立つね」
ランディは匂い袋を出して琥珀球を見せる。
ミゲルはリーディングストーンでのぞく。
南太平洋の地図がありオーストラリア周辺の沖合いに星印が書かれている。
壁に貼られている世界地図をちらっと見る翔太。
「この周辺はグレートバリアリーフがあったよね」
あっと思い出す智仁とミゲル。
「ハート型の環礁があるのは知っているけど星型なんてあったかな?」
ガイドブックを出す翔太。
「グレートバリアリーフは世界遺産で世界一の大きさと広さだけど星型は載ってない」
沢本はタブレットPCの画像を見せた。
のぞきこむ翔太達。
そこにはハート型のリーフや色鮮やかなサンゴ礁や魚の群れはあるがどこにも載っていない。
「ミレニアムやサミット達を連れて行った方がいいと思う。今回の遺物は客船のミュータントで時空の異変がわかる人でないとダメかもしれない」
それを言ったのは翔太である。
「僕も行きたい。なんでって琥珀球はその人が持っていないと発揮されない」
ランディがわりこむ。
「わかったわ。条件があるわ」
佐久間が腕を組む。
「条件?」
聞き返すランディ。
「私達の指示には従う事。戦闘機のミュータントを連れて行くし、拠点は護衛艦「かが」になるわ」
佐久間は答えた。
「護衛艦「かが」?」
パオリとランディが聞いた。
「朝鮮半島問題の関係で米軍の空母「カール・ヴィンソンが日本海にいる。その補給艦警護を四国沖までした「かが」はオーストラリア軍との国際観艦式でシドニー沖にいる」
新聞を見せる佐久間。
「今、こんな問題が起きていたんだ」
翔太と三神が顔を見合わせる。
北朝鮮がミサイルの発射実験や核実験をやっている事は知っている。最高指導者である金正恩はアメリカや韓国に対して挑発をやめようとしないうえに中国に文句をつけている。そしてロシアは日本に入港が禁止されている万景峰号を運行開始させた。
「周辺国クルーズがなくなったね」
つまらなさそうに言うパオリ。
「シドニーに行けば北の工作員に会えるかもな。あいつ神出鬼没だから」
朝倉がしれっと言う。
「羽田空港に行くの?」
黙っていた飛鳥Ⅱが口を開いた。
「Tフォースのオスプレイで行く。ジェットエンジン式で早いわよ」
佐久間は答えた。
七時間後。護衛艦「かが」
甲板に着陸するオスプレイ。甲板にある第二エレベーターがオスプレイごと降下した。
格納庫にもう一機のジェットエンジンタイプのオスプレイが駐機しているのが見えた。
機外に出る翔太達。
「本田艦長。ありがとうございます」
翔太と智仁は頭を下げた。
「国際観艦式は無事に終わったから日本に帰る予定だったんだ」
本田艦長は口を開いた。
「帰るところを引き止めてすいません」
申し訳なさそうに言う翔太。
「任務といえばこれも任務だ。ただ客船のミュータントは初めてだ」
困惑する本田。
格納庫に入ってくる背の高い男女達。
「フォーチュナさん。みんな来ていたんですね」
驚きの声を上げる翔太達。
セレブレティ・ミレニアム号やサミット号と融合するマフィンやカミラの他に地中海にいた客船に変身するミュータント達が顔をそろえていた。
「あの後、僕達は帰国する予定で空港にいたらベレッタやマリアンヌが来て基地に呼ばれてオスプレイの乗せられてここに来た」
思い出しながら言うボレアル。
「合流できてよかったと言いたいが米軍のあの四人とイスラエル軍の四隻も来ている。空母カール・ヴィンソンは朝鮮半島沖にいるからハワイ基地にいた空母ニミッツがグアムに向かっている」
話を切り替える本田。
「しつこいわね」
佐久間がつぶやく。
「中国軍は動いていないが空母「遼寧」と
「蘭州」と金流芯達がウロついている。そして気になる事がある」
「気になる事?」
「スカンジナビアとコスタ・ロックブーケがソマリア沖を南下しているのを目撃されている」
本田はタブレットPCを見せた。
「ソマリア沖には護衛艦「さみだれ」が海賊対策で派遣されているわね。「さみだれ」だけではなく中国や米軍も派遣している」
佐久間が指摘する。
翔太達がのぞきこむ。
ソマリア沖を多数の漁船や小型船を引き連れて航行する二隻の大型客船。その船体には赤く光る模様があった。スカンジナビア号は象形文字のような模様でコスタ・ロックブーケ号は幾何学模様が船体全体に入っている。
「空母「波王」と海警船3901とはちがう模様だ。別の群れなのか?」
三神が指摘した。
波王や3901の模様はからくさ模様が多いが明らかに二隻の客船の船体にはクイーンは象形文字のような模様で変わらないがロックブーケ号の船体は幾何学模様と複雑な図形が組み合わさった模様だ。
「沿岸警備隊チームと特命チームメンバーはブリスベンにいる」
本田は声を低めた。
うなづく翔太、ミゲル、智仁。
「翔太君。僕達は?」
パオリとランディが聞いた。
「待機よ」
佐久間が答えた。
三神、朝倉、沢本、大浦、三島は艦尾側ハッチから海に飛び込み緑色の蛍光に包まれ巡視船に変身した。
「飛鳥Ⅱ、セレニティ、シンフォニー、ミレニアム、サミット。来て」
翔太は手招きした。
彼らは「やしま」に乗り込んだ。
オーストラリア大陸北東部,クイーンズランド州東岸の沖合,南緯一〇~二四度に連なる世界最大のサンゴ礁で長さ約二六〇〇キロ。およびその海域面積約二〇万キロ平方メートル。大堡礁と訳される。約一万五〇〇〇年前から形成され,サンゴ層の厚さは最大一五二メートルに達する。大小七〇〇の島が散在するが,すべてがサンゴ島ではなく,かつての
本土の一部が沈降してできた島を含む。サンゴ礁は一般に北部ほど本土に近く,南部ほど本土から遠ざかる。
ウィットサンデー諸島には七四の島々があり、白い砂浜と青い海の美しさに魅了される人たちは少なくない。一七七〇年、ここを航行したキャプテン・クックによって命名される。ここには、ハート形のサンゴ礁で有名なハミルトン島や、高級リゾートのヘイマン島があった。
「ただのハートリーフだし、これといって異常はないみたい」
「やしま」の船橋ウイングから身を乗り出す翔太。
「時空の亀裂は出現していないし、オルビスを連れてきたらわかるかな?」
智仁が聞いた。
「アーランに聞いたら亀裂は出ていないというのを聞いている」
翔太が首を振る。
「恋人がいれば恋がかなうかな」
つぶやく朝倉。
「月の雫と海の雫を持っていても何もおきないわね」
飛鳥Ⅱが装飾が施された海の雫と呼ばれた青い宝石を眺める。
「もう一つの琥珀球があってそれには「鍵」の在り処が示される」
背後で鋭い声が聞こえ、船首をその方向に向ける巡視船五隻。
「君は?」
翔太、ミゲル、智仁が聞いた。
「スーパースター・ヴァーゴ。クルーズの仕事が終ったから寄り道しただけ」
その大型客船は女性の声で名乗った。
全長二六八メートル。七万五三三八総トン。香港にあるスタークルーズ社所有の客船で日本を拠点にしたクルーズを展開する。
ヴァーゴ号は二対の鎖を出して船内から小さなジュラルミンケースを出した。
「その取引に乗らない方がいいわよ」
ふいに声が聞こえて振り向くとアメリカの巡視船「ジャーヴィス」と李紫明が変身する海警船が接近した。
飛鳥Ⅱ達は海に飛び込み緑色の蛍光に包まれ客船に変身した。
「なんでですか?」
翔太が聞いた。
「表向きはクルーズ客船でも裏の顔は中国のスパイよ。妨害工作も邪魔もする、暗殺だって請負う賞金稼ぎでもある」
はっきり言う李紫明。
飛鳥Ⅱは接近するとジュラルミンケースを奪って船内に入れた。
「その琥珀球は祖父の遺品の中にあった。あんた盗んだね!!」
飛鳥Ⅱは声を荒げた。
「盗んでないわ!!」
ヴァーゴは右舷デッキをつかんだ。
「放しなさいよ!!」
飛鳥Ⅱはもがいた。
ヴァーゴは二対の錨で飛鳥Ⅱの船体を何回も突き刺した。
くぐくもった声を上げる飛鳥Ⅱ。えぐれた傷口が紫色に変色する。
「何をする?」
三神達は身構えた。
「いいの?毒が回っちゃうよ」
ヴァーゴは飛鳥Ⅱを放すと汽笛を鳴らす。
すると空母「サラトガ」強襲艦「エセックス」沿岸戦闘艦「リトルロック」「フリーダム」とエイラート達がテレポートしてきた。
「自分で何をやっているのかわかっているのか?」
ミレニアムが声を荒げた。
「わかっているから取引しただけ」
しゃあしゃあと答えるヴァーゴ。
「エスナ。サイレス」
アイリスは呪文を唱えた。力ある言葉に応えて船体の変色していた部分は治ったが呪文は封じられた。
エイラート、ロマット、ヘッツ、ハガネとレジー、レイスは直径一メートルの円板型の制御装置を投げた。
飛鳥Ⅱ、セレニティ、シンフォニー、ミレニアム、サミットの船体に四〇個もの制御装置がくっついた。
「何よこれ?取れない」
飛鳥Ⅱは船体から四対の鎖を出して、船尾や船体中央部にくっついた装置をつかみ取ろうとしたが強力な電磁石で離れなかった。それにエンジンや船内機器に接続できない。
「それは取れないわ。旅客船用に造った装置だからね」
自慢げに言うアイリス。
「自分で何をやっているのかわかっているの?月夜の花はあんた達じゃあ使えないし見つからないわね」
飛鳥Ⅱが否定する。
「だから電子脳に操る装置をつけるのよ」
当然のように言うヴァーゴ。
「そんなのは違法だ!!」
アレックスがわりこむ。
「残念よね。そんなのをつけても見つからないわよ」
シンフォニーはオランダ語で悪態をつくとそこにいたロマットとヘッツの船体に金属ロープを二〇本巻きつけ力を入れた。
くぐくもった声を上げてもがく二隻。
セレニティは近くにいたアメリカ沿岸警備隊の巡視船三隻に金属ロープを巻きつけ力を入れた。
サラトガに体当たりするミレニアム。
サミットはレジーとレイスが変身する沿岸戦闘艦の船体をつかんで投げた。
「少しはおとなしくしなさいよ」
アイリスは冷静に言った。
すると幾層もの船室の回路を通過して直接、電子脳や生命維持装置、機関室、エンジンといった重要機器に接続した。
「$%&#@#%」
ろれつが回らなくなるミレニアムとセレニティ。
「ちょっとミレニアム」
「セレニティ?」
サミットと飛鳥Ⅱが声をかけた。
「¥%&$#・・・」
ミレニアムとセレニティは目を剥いて轟音を立てて岩礁に横倒しに転覆した。
「オーバーヒートしたんだ」
沢本が気づいた。
「オーバーヒート?」
聞き返すサミットと飛鳥Ⅱ
「軍艦や巡視船とちがって旅客船はそれを防ぐ装置なんていらないからだ」
三神が指摘する。
自分達や護衛艦のミュータントは敵に捕まっても味方の位置や情報を教えない訓練をやるが旅客船には必要ない。
「ヴァーゴ。あんたのコアなんかえぐってやるからね」
シンフォニーは声を低めた。
「こうなりたくないならおとなしく連行される事ね」
ヴァーゴは言い返した。
その頃。護衛艦「かが」
「・・・やっぱり捕まえにきたね」
ミーティングルームにある衛星画像を佐久間達はのぞいていた。
「どうしよう。捕まっちゃった」
心配するパオリとランディ。
「米軍基地じゃ近づけない」
困った顔をするアマデア達。
「グアムにある基地にはいかないでハワイにある太平洋艦隊司令部基地に連行したね」
オルビスはハワイの地図を出した。
「よくわかるな」
感心するフォーチュナ。
「ミゲルや翔太、智仁には発信機をつけてあるし、飛鳥Ⅱや海上保安官や沿岸警備隊員にも追跡装置がくっついているんだ」
オルビスはタッチパネルを操作する。
「米軍やイスラエル軍は当然電波妨害をしているし警備をつけている」
リンガムはハワイの地図を出した。
「懐かしいかな。七十一年前の第二次世界大戦では茂と一緒にいたんだな」
オルビスはどこか遠い目をする。
「茂って葛城茂元長官?」
クリッパーオデッセイが聞いた。
「そうよ」
佐久間がうなづく。
「僕も時代がちがえば考え方も違うのはわかっている。たぶんアメリカ政府に侵略者が入られたかもしれない」
オルビスは分析しながら言う。
「貨物船とかフェリーなら普通に入れるならここにはいない船に乗せてもらうのはどうだろう?」
パオリがひらめいた。
「そうか。物流は止めてないならそれは可能だよな」
間村があっと声を上げる。
「臨検をやっていたら不可能だよ」
オルビスが心配する。
「一隻一隻検査すればそれだけ生活物資が入らなくなる。ハワイは観光地だしクルーズ船や定期船、貨物船、漁船もある。一日に数百隻と行き交う船舶を探索者をつれてきたとしても全部検査は不可能だ」
ボレアルが声を低める。
「よく気づいたね」
自衛官がわりこんだ。
「誰だ?」
本田と間村達は身構えた。
「ライ・コーハンね」
佐久間が気づいた。
「あなたがうわさの北のスパイね」
ドゥロス・フォスが気づいた。
「あいからわず芸達者だ」
ピョートルがしれっと言う。
「ルビー・プリンセスとクラウン・プリンセスはシドニーとプリスベンにいる。ダイヤモンド・プリンセスは普通の客船で同型船七隻のうち二隻がミュータントだ」
ライ・コーハンは正面スクリーンに画像を出した。
プリンセスクルーズは大小の客船を十八隻所有している。ダイヤモンドプリンセスのようにクジラの口のような船首にひし形の突き出た船橋の同型船は七隻いる。アジアや北欧を中心にクルーズを展開していた。
「ルビーとクラウンはクルーズを終えて乗客を降ろしている」
ライはニヤリと笑う。
「乗客の代わりにハンターと隊員を乗せて旅客船を装ってハワイに侵入するのもアリね。航路を偽装して行く」
佐久間はひらめく。
「私が葛城長官に報告しよう」
本田はうなづくと部下達に指示を出した。
「侵入するのは戦闘艦と戦闘機のミュータントとそこのスパイで行く。そしてイスラ。あなたはイギリス海軍に入隊していた経験があるわね」
佐久間が聞いた。
「七年いたけどたいした事はなんにもやっていないわ」
しれっと言うイスラ。
「じゃあ手伝って。侵入するわ」
佐久間があごでしゃくる。
「僕達は?」
パオリとランディが割り込む。
「あなた達はアマデア達とここで待機よ」
佐久間は言った。
同時刻。ハワイ基地
名簿を見るアイリス。彼女のいる格納庫にイスに縛られた男女のミュータントと人間の少年がいた。
その周囲には男女の兵士と一緒にクリス、レイス、レジーがいる。
「いい眺めね」
チャイナドレスを着た女は笑う。
「高楊花。いい仕事をしているわね」
李紫明が中国語でののしる。
「海警船よりはマシよ。客船の方が敵陣の奥に入れるからね」
高楊花は自慢げに言う。
「ほら起きなさいよ。イレーヌ。イザベラ」
アイリスは銀髪の二人の女性の髪をつかむ。
目を開けるイレーヌとイザベラはツバを吐いた。
アイリスは目を吊り上げビンタした。
「おいスペイン人。起きろ」
クリスはマフィンの髪をつかむ。
マフィンはツバを吐いた。
拳で殴るクリス。
くぐくもった声を上げるマフィン。
「俺達を殺さないのか?」
沢本が口を開いた。
「殺さないさ。情報提供者だからな」
クリスは答えた。
「捕虜のまちがいだろ」
しれっと言う三神。
「客船のミュータントは魅力的だ」
クリスはニヤニヤ笑う。
「他にも旅客船のミュータントがいるはずなのにどこに行ったのかしら?」
黒人女性と中年秘書が入ってくる。
「ジョコンダ議員ですね。あなたやスレイグにも扱えませんよ」
ミゲルはアラビア語ではっきり言う。
「だからあなた方を利用する」
アラビア語で答えるジョコンダ。
「ちっとはしゃべれるんだ」
アレックスがわりこむ。
「自分達で探せば?」
カミラがしれっと言う。
ジョコンダはムッとした顔になる。
「クソババア」
朝倉が悪態をつく。
「海上保安庁ではどういった部下教育しているのかしらね」
ジョコンダがにらむ。
「普通に部下教育はしている」
言い返す沢本。
「詐欺師。偏屈ババア」
「ウソつきババア」
マフィンとカミラはスペイン語とポルトガル語で悪態をついた。
「本当に船会社もどういった教育をしているのかしらね」
腕を組むジョコンダ。
「ヴァーゴ。君が見せたカバンの中身は空っぽですね」
翔太は指摘する。
高楊花は振り向く。
「スタークルーズ社の日程を調べたらオーストラリアへのクルーズなんてなかった」
李紫明は指摘する。
「だから?」
高楊花が聞いた。
「あんたはウソつきと言っている」
ケインがわりこむ。
「黙りなさいよ」
高楊花が目を吊り上げる。
「ヴァーゴ。あんたって本当にポンコツよね。電子脳を操る装置をつけると能力が発揮されないから目的の物は出てこないわね」
ケインはわざと言う。
歯切りする高楊花。
「金流芯達と仲がいいんだろ?」
三神が質問を変えた。
「あいつらとは違うの」
高楊花が否定する。
「どう違うのよ。同じ穴のムジナじゃん」
李紫明が口をはさむ。
「ポンコツ客船」
朝倉が悪態をつく。
「黙りなさいよ」
目を吊り上げる高楊花。
アイリスはとっさに腕をつかむに後ろに押しやった。
ムッとする高楊花。
「アイリス。残念なスパイ客船よね」
ケインはニヤニヤ笑う。
「ハワイ基地には近づけないわ。イスラエル軍や米軍だけでなく沿岸警備隊も警備しているからね」
アイリスは笑みを浮かべる。
「空港に来ても入国は許可されないわ」
ジョコンダがしゃらっと言う。
「本当にそう思っていますか?テロリストなんてどこにでもいると思います」
翔太が指摘する。
「だから中東の七カ国を入国禁止にしたじゃないの」
当然のように言うジョコンダ。
「本当に残念な大統領」
朝倉がわりこむ。
「ヴァーゴ。三つ目の琥珀球の話はウソですね。君には探せないと思います」
はっきり指摘する翔太。
たぶんこの客船も狙っているのはわかるし興味を持っている。
「だからあんた達を使うのよ」
高楊花は腕を組んだ。
「電子脳を操る装置をつけて」
ジョコンダは部下達に指示を出した。
兵士達がヘッドギアを持ってくる。
「嫌!!」
嫌がるセレニティとシンフォニーにヘッドギアをつけるレジーとレイス。
スペイン語とポルトガル語でののしりのけぞるサミットとミレニアム。
「国連に介入されると厄介だから早くやるわよ」
ジョコンダは促した。
ケインの髪の毛をつかんで無理矢理ヘッドギアをかぶせる高楊花。
ケインはとっさに高楊花の腕にかみつく。
高楊花はビンタした。
キッとにらむケイン。
注射器を持ってくるアイリス。
いきなり電気が消えた。
柑橘系の香りが漂い、ガラスが割れるような音が響いた。せつな、ゼクの腕に腕輪がはめられ、冷たい銃口がジョコンダのこめかみに突きつけられた。
電気が再びついた。
「ライ・コーハン」
「リドリー?」
三神と翔太が声を上げた。
ジョコンダとゼクの頭に銃を突きつけるライとリドリーの姿があった。
彼らだけでなく李鵜や烏来、キム、ペクや東南アジアの沿岸警備隊の隊員達の姿やアッシュ、ピョートル、間村達の姿がある。全員、米軍兵士の迷彩服を着ていた。
オルビスとリンガム、マリアンヌ、ベレッタが翔太達の拘束具を解いた。
「残念だけどそこの秘書の魔術は封印した」
マリアンヌが当然のように言う。
歯切りするゼクとジョコンダ。
「警備は万全だったのにどうやって入った」
ジョコンダが聞いた。
「万全?そんなのないね。物流を完全に止めればわかる」
間村はニヤニヤ笑う。
「そんなバカな」
クリスがつぶやく。
「どの国も港はある。内陸国には港はないけど一日どのくらいの船舶が航行していると思っているの」
ベレッタが指摘する。
「しまった。やられた」
ジョコンダがくやしがる。
「スリブル」
マリアンヌが呪文を唱えた。
「・・・やられた」
アイリスと高楊花はつぶやくと他の兵士達と一緒に倒れ寝息を立てた。
一時間後。Tフォースシドニー支部。
「・・・クラウンプリンセス号とルビープリンセス号のパトリックさんとモリーさんですか?」
翔太はタブレットPCのプロフィールを見ながら背の高い男女にたずねた。
プロフィール画像に融合している客船とヒスパニック系の男女の写真が出る。
「俺がアルゼンチンで彼女はパラグアイ出身なんだ」
パトリックが口を開く。
「あなた方の事は聞いている」
モリーは智仁やミゲル、翔太と握手をする。
「はじめTフォースから聞いた時はビックリだったけどハワイの港に侵入できた」
パトリックが後ろ頭をかいた。
「スレイグは中東七カ国の入国禁止令を出したけど物流を止めるなんて不可能よ。物流の七割六割を担っているのは私達よ」
モリーがニューヨークタイムズの新聞を見せた。紙面に入国禁止令を裁判所が無効にする記事である。
「それと紹介する。コスタ・マジカのステファノ」
パトリックが背の高い女性を紹介する。
「よろしくね」
ステファノは翔太達と握手する。
「聞きたい事があるのですがいいですか?」
翔太は話を切り出す。
「いいよ」
うなづくステファノ。
「スーパースター・ヴァーゴとは仲がいいのですか?」
智仁がわりこむ。
「客船としては人間やミュータント達に受けがよくてもあのスパイは信用できないわ」
モリーが真顔になる。
「それに情報操作や産業スパイもやるしハッキングもするからボケッとしているとすぐ盗まれる」
ライ・コーハンがわりこむ。
「彼女の言う三つ目の琥珀球は本当なの?」
ケインがわりこむ。
「ヴァーゴの言う三つ目の琥珀球はないよ」
翔太は答えた。
たぶん彼女のはハッタリだろう。
「明日、一緒に探しに行こう」
翔太は笑みを浮かべる。
ケインはうなづいた。
一時間後。食堂
パオリとランディはお茶を飲みながら琥珀球を眺めていた。
「ただ眺めていても何も起きないよ」
紅茶を持ってわりこむ福竜丸。
「イスラとケインさんも一緒にパフェ食べようよ」
パオリは離れた席にいた二人に声をかけた。
しぶしぶ二人は三人のいる席に座る。
「祖父からの遺品でコペルニクスの腕輪が戻ってきたのいいけど私がしていいのかな」
イスラはイチゴパフェを食べた。
「あなたは逃げ回らなくてもいいのよ。間村さんと葛城長官が話をつけてくれてほとんどは過払いと闇金だから払わなくていいって」
福竜丸が口を開く。
「そうなの」
目を輝かせるイスラ。
「その代わりに特命チームに入ってドゥロス・フォス調査団に入ることで減刑の意味もある。君はほとんどの国で容疑者扱いだから勝手に抜け出せば即逮捕されて刑務所行き」
福竜丸が数十枚もの逮捕状を見せた。
黙ってしまうイスラ。
「調査団の名前も「月夜の花」にしてみるのはどうだろう?」
話を切り替えるケイン。
「それいいね」
パオリとランディ、福竜丸がうなづく。
「他に思いつかないからいいよ」
しぶしぶうなづくイスラ。
「明日、ミレニアムとサミットを誘ってハートリーフに行ってみる?」
ケインが聞いた。
「マリーナでボートを借りないと私達は目立つわ」
イスラが困った顔をする。
「それはミレニアムやサミットに頼んで借りるしかないよ」
ランディが言った。
翌日。ハートリーフ
ハート型の環礁に接近する小型船。
甲板に出てくる福竜丸、パオリ、ランディとイスラ、ケイン。
「なんで俺が操縦なんだろ」
船橋から顔を出すミレニアム。
「小型船舶免許を持っているのがあなただし、怪しまれないためよ」
サミットが答えた。
「サラトガ達が来ないうちに調査しよう。といってもエイラートとサラトガ達はオーストラリア軍と政府が許可しないと領海にも入れないけどね」
福竜丸は地図を見ながら言う。
「それはよかったわ」
ケインが言う。
あの八隻がいなければ探しやすい。三神達にはここにいる事も言ってある。でも手がかりがない。あと何かあるのだろうか。
「漁船が接近してくる」
ランディが指さした。
振り向くミレニアム達。
一〇〇〇トン型の大型漁船が近づいてくるのが見えた。イカ釣り漁船なのかイカを吊り上げる釣針が見え、船名には中国語と船番号が書かれている。船橋から中国人船長が出てきて中国語でわめいた。
「何?」
ランディと福竜丸が顔を見合わせる。
中国語で言い返すケイン。
「なんて言っているの?」
ランディが聞いた。
「ここはいい漁場なんだから出ろって言っているのよ」
サミットが翻訳する。
中国語で罵声を上げる船長。
中国語でののしるケインとイスラ。
「ここを出た方がいいかもな」
ミレニアムは船橋内部に入った。
小型船はエンジンを始動させて離れた。
すると大型漁船が追跡してくる。
「なんで追いかけてくるの?」
福竜丸が聞いた。
「どうやら私達は邪魔だから船を壊してしまえと言っているのよ」
ケインが追跡してくる漁船を見ながら言う。
「それっておかしいよ。僕達は何もやっていない」
反論するパオリ。
「だから中国漁船は世界中の漁場から追い出されるのがわかるわ」
サミットが納得する。
小型船はグレートバリアリーフのある海域を離れた。離れれば領海を出る事になる。
接近してくる海警船五隻。
停船する小型船。
「金流芯一味よ」
ケインが指摘する。
「やあ。そこの客船と農薬散布機と木造漁船。また会ったな」
五千トン型海警船が声をかける。
無視して答えないケイン達。
誰だか知っている。金流芯と箔麗花と夏謳歌と馬兄妹である。
「あんた達にやるものはないけど」
ケインははっきり言う。
「私達がほしいのはその漁船と農薬散布機とそこの客船一隻よ」
大型漁船の甲板に出てくるチャイナドレスの中国人。
「あの女だ」
ケインとミレニアムが声をそろえる。あのハワイ基地でアイリス達と一緒にいた中国人スパイの高楊花である。彼女がスーパースターヴァーゴ号と融合しているのは知っている。
「みんな行くけどいい?」
ささやくサミット。
「いいよ」
福竜丸がうなづく。
「スモーク」
呪文を唱えるサミット。力ある言葉に応えて唐突に濃密な煙が虚空から噴き出た。
ケイン達は海に飛び込み緑色の蛍光とともにそれぞれ融合する客船に変身した。
「逃がすな!!」
金流芯が叫んだ。
ドゴッ!!
巨大な錨で殴られる金流芯。
クイーンエリザベス2号に変身したイスラは金流芯をつかみ投げた。
体当たりするサミットと飛鳥Ⅱ。大きく揺れるヴァーゴ。
ミレニアムは馬兄妹と夏謳歌の船体を鎖で巻きつけ投げた。
アルタニア号に変身したパオリは小型船をつかんで船尾に引き寄せた。福竜丸とランディは船尾甲板に飛び降りる。
飛鳥Ⅱは二対の鉤爪で大型漁船をつかむ。せつな、轟音とともにヴァーゴの体当たり。
漁船を思わず放して大きく揺れた。
「飛鳥Ⅱにそっくりな奴を捕まえろ!!」
ヴァーゴは叫んだ。
夏謳歌が動いた。その動きは飛鳥Ⅱ達には見えなかった。気がつくとアルタニア号の船体中央部に大きな傷口がえぐれていた。
くぐくもった声を上げるアルタニア。
夏謳歌は動いた。その動きはミレニアム達には見えなかった。気がつくとミレニアムやサミット、イスラの船体に大きな傷がいくつも口を開けていた。
「よくも放り投げたな!!」
金流芯と馬兄妹は機関砲を連射。
三隻は目をかばうしぐさをする。
「飛鳥Ⅱ。朗報よ。日本郵船が二〇二〇年をメドにあんたを売却して代替船か三代目の飛鳥を検討ですって」
ヴァーゴはNHKや新聞記事を送信した。
「そんなに早く決まったの・・・」
絶句する飛鳥Ⅱ
ヴァーゴと箔麗花はアルタニアに接近した。
アルタニアの船橋の窓の二つの光が吊り上がり身構えた。
「こいつを売却したら一生楽しく暮らせるギャラがもらえる!!」
ヴァーゴは声を張り上げる。
「本当か!!」
金流芯達が声をはずませる。
「よこしなさいよ」
ヴァーゴはアルタニアの船首デッキを二対の鉤爪でつかむ。
「エネルギー少しもらうよ」
アルタニアはドイツ語で言うと船体から四対の鉤爪を出して船体側面デッキをつかみ、二対の給油ケーブルを出してヴァーゴの船体に突き刺した。せつな、紫色のオーラと稲妻を放電して二隻を包んだ。
「ぐあぁぁ!!」
ヴァーゴは叫び声を上げ、のけぞり船体を激しく揺らした。
「あいつ吸血鬼の親戚か?」
金流芯と箔麗花が声をそろえた。
ヴァーゴの船体にヒビが入り窓ガラスが全部割れた。
アルタニアは彼女を放した。
「ぐはっ!!」
ヴァーゴは目を剥いて轟音とともに横出しに倒れた。
汽笛を鳴らす金流芯。
濃密な煙の奥からやってくる空母「波王」と光る模様を船体につけた駆逐艦達。カメレオンの空母打撃群だ。
「波王だ!!」
ミレニアムが叫んだ。
飛鳥Ⅱ達は身構えた。
波王の二対の触手の先に漁船が四隻串刺しになっている。いずれもミュータントだ。それを船内ハッチに入れた。せんべいを食べるような音が響いた。
ランディと福竜丸は船尾デッキからのぞく。
「本当に喰べた・・・」
絶句する飛鳥Ⅱ。
世界で猛威を振るっているタイプがそこにいる。それに駆逐艦やフリゲート艦に囲まれては逃げる事は不可能だ。
「パオリだっけ?俺達の仲間だ。なんでコアを食べない?」
波王は口を開いた。
「僕は仲間じゃない!!」
声を荒げるアルタニア。
「仲間にもうすぐなるだろう。そのうちにコアが食べたくなる。十分に仲間だろうが」
波王が誘うように言う。
「そんな・・・」
絶句するアルタニア。
「飛鳥Ⅱ。仲間にならないか?その力があれば世界だって滅ぼせる」
波王はクスクス笑う。
「嫌よ。仲間なんて。私は静かで穏やかな海を取り戻したいだけ」
声を低める飛鳥Ⅱ
「・・・化物め」
ヴァーゴは船体を起こした。しかし窓ガラスは全部割れたままだ。
「ここから逃げるのは不可能だ」
金流芯が自信たっぷりに言う。
その時である。ガラスが割れるような音が響いてミサイルが波王艦隊に全部命中。同時に青白い光線が波王の船体を貫通する。
「逃げろ!!」
船内通信でオルビスの声が聞こえた。
轟音と爆発音が響いて飛鳥Ⅱ達はテレポートした。
シドニー沖にテレポートしてくる飛鳥Ⅱ達。
駆け寄ってくる巡視船と自衛隊の艦船。彼らだけでなくオーストラリア海軍の艦船も待機している。上空を轟音を立てて戦闘機が機首を並べて通過した。
「大丈夫か?」
三神が声をかけた。
「助かった」
ミレニアムとサミットはため息をつく。
アルタニアは「あそ」に近づいて、二対の鎖を出して小型船を降ろした。
小型船から顔を出す福竜丸とランディ。
「アマデア。あの船はカメレオンの仲間なの?」
飛鳥Ⅱは聞いた。
「あんたはバカ?そんな事あるわけないわ」
アマデアは船橋の窓の二つ光を吊り上げる。
「波王が言っていたよね。あんたこそ仲間になるんじゃないの」
イスラが詰め寄る。
「あんたこそバカじゃない?」
飛鳥Ⅱは船橋の二つの光を吊り上げる。
「どうした?」
間村やマリアンヌ達が駆け寄る。
「波王が私に仲間にならないか誘ってきた。私の力は世界を滅ぼせるって。それにあのパオリはコアを食べたくてしょうがなくなるって言っていたから聞いただけ」
飛鳥Ⅱはイスラが変身するQE2のデッキをつかむ。
「放しなさいよ!!あんたなんか凍漬けにしてやるからね」
イスラは声を荒げる。
「サイレス」
佐久間は呪文を唱えた。
「しまった封印された」
悔しがるイスラと飛鳥Ⅱ
「どこに行くの?」
サミットは声をかけた。
アルタニアは海域を離れる。
「あいつらの言う事なんか気にするな」
ミレニアムが追いかける。
「波王に誘われたのか?」
アレックスがわりこむ。
「誘ってきたし、ヴァーゴに以前言われた事がある。僕は時空侵略者の斥候兵なんじゃないかって。ある日、樹木のエネルギーを少しもらっていたら化物って言われた」
視線をそらすアルタニア。
「それはあの女の常套手段だ」
李紫明が変身する海警船の船橋ウイングから出てくるライ・コーハン。
「その言葉に乗ってしまえばあいつらの思うツボよ」
注意する李紫明。
「波王の仲間じゃないの?ヴァーゴが言うには高値がついているから一生楽しく暮らせるほどのギャラがもらえるって聞いた。私だって大金はほしいし、手放した方がいいんじゃない?」
飛鳥Ⅱはアルタニアの船首デッキをつかむ。
「仲間なら今、スクラップにするべき」
イスラがわりこむ。
「君とイスラのエネルギーを少しもらったらおとなしくなるよ」
飛鳥Ⅱの鉤爪を振り払うアルタニア。
「やってみれば?」
ギリシャ語で挑発する飛鳥Ⅱ
ノルウエー語で挑発するイスラ
「おまえらはバカか?」
間村が間にわって入った。
「バカとは何よ」
イスラと飛鳥Ⅱが声をそろえる。
「特命チームで選ばれたのを手放してどうするんだ」
フォーチュナがわりこむ。
「彼のはもともと持っている能力だ」
ミレニアムがわりこむ。
「私やフォーチュナ、マジカ、ルビーとクラウンプリンセスや他の大型船もエネルギーを少しあげて分け合っていただけ」
サミットが重い口を開く。
「あれが?吸血鬼と同じでしょ!!」
飛鳥Ⅱは錨で指さした。
「ミニマム」
佐久間は呪文を唱えた。力ある言葉に応えて飛鳥Ⅱとイスラは黄金色の蛍光に包まれて縮小して全長一メートルサイズになった。
「ちょっと何をするのよ!!」
飛鳥Ⅱとイスラは叫んだ。
佐久間は模型サイズになった二隻をつかんで大型犬ケージの中に放り込んだ。
「詳しい話を聞きたい」
マリアンヌは声を低める。
「アルタニア。基地に来い。話がある」
間村は呼んだ。
シドニー支部基地
「すごい。精巧な模型だ」
翔太、ミゲル、智仁は全長一メートルの模型をながめた。ロビーに飛鳥ⅡとQE2の模型が置かれている。
「模型じゃねえわ!!」
イスラと飛鳥Ⅱは声を荒げた。
「ねえ元に戻してよ」
子供のようにせがむ飛鳥Ⅱとイスラ
「ごめん。僕達はそのレベルじゃないんだ」
翔太は残念そうに言うと智仁とミゲルと一緒に会議室に入っていく。
無視して会議室に入っていく佐久間達。
「福竜丸。元に戻して」
懇願する飛鳥Ⅱ。
振り向く福竜丸。
「僕は魔術を使うとまた漁船姿に戻っちゃうからごめんね」
福竜丸はあやまると会議室に入っていく。
「パオリ。元に戻してよ」
イスラが呼んだ。
玄関からロビーに入ってくるパオリ。
「ケンカしない?」
困った顔のパオリ。
「しないから」
声をそろえるイスラと飛鳥Ⅱ。
「しなくていいわ!!」
鋭い声が聞こえて女性が二人近づく。誰だか知っているアマデアとクリッパーオデッセイである。クリッパーオデッセイはパオリの腕をつかんで会議室へ連れて行く。
「あんた、コアをえぐってやるからね!!」
飛鳥Ⅱは声を荒げる。
「スクラップにしてやるからね!!」
イスラがドスの利いた声で言う。
「本当に無様よね」
アマデアはあっかんべーすると会議室に入っていった。
同時刻。シドニー市内のカフェ
日本人男性の座る席にオーストラリア人男性が断りもせずに座った。
「ダニエル。あいかわらず芸達者だね」
博はすました顔で珈琲を飲んだ。
「よく言われる」
肩をすくめるダニエル。
「今度は旅客船のミュータント達を巻き込んだね」
口を開く博。
「巻き込んで申し訳ないと思っている。月夜の花の開花が近いからね。そして訪問者が次元を超えてやってくる」
声を低める珈琲を飲むダニエル。
「君ねえ・・・トラブルを持ち込むのはやめてほしいね」
あきれる博。
「我々も日々対処している」
「訪問者はカメレオンの親戚か?」
「カメレオンとは敵対しているし、時空侵略者を毛嫌いしている。訪問者のいる宇宙が危機に瀕しているから「月夜の花」を求めてきている」
「私達もカメレオンをなんとかしないといけないのに彼らを受け入れるのかね?」
「彼らはこの宇宙や地球では生存できない。それともう一つある」
「カメレオンが廃船に卵を産みつけた。大型客船は格好の産卵容器に最適だ」
「その通りといえばそう言う事になる。異世界でもカメレオンの女王は駆除対象で時空侵略者も殺害か刑務所行きだ」
「その様子だとカメレオンに手を焼いているようだね」
「彼らは繁殖力が強い。生存不可能な世界でも対応する適応能力を発達させてきた」
「ここには宇宙船はない。だが中国製は品質が悪く故障続き。成功していない。だから焦っている」
「そして時空の亀裂から別の女王を呼んだ」
「スカンジナビアとロックブーケ号か」
「その二隻だけでなくカメレオンは中国の船会社を隠れ蓑にして大型客船と融合を始めている。そして近いうちに中国軍と一緒に動き始める」
「日本と中国だけの問題ではなくなるな。アメリカや周辺国を巻き込むね」
「そうなれば旅客船のミュータント達も巻き込まれる。彼らの能力も見れるわけだね」
「簡単に言うね。君は饕餮を知っているね。それが難民キャンプを襲った。乗せたのはカメレオンだね」
「正解かな。饕餮は大昔、宇宙からやってきた生命体だ。先人達が苦労して倒した。それを別の侵略者が入れた。そいつの方は我々が探す」
珈琲を飲み干すとダニエルは席を立つ。
「代金は払っておく」
博はため息をついた。
その頃、基地の会議室
「・・・僕は他の仕事もやってみたい。居酒屋のバイトとかラーメン屋のバイトとか興味あるんだ」
パオリはもじもじしながら口を開いた。
「だいたい話はわかった。でも客船の使い道は客船だし、客船が居酒屋でバイトしていたらおかしいだろう」
アッシュが腕を組んだ。
「俺も海保に入る前はラーメン屋のバイトとかした事あるし、床がすべるんだな」
朝倉が上目遣いで思い出しながら言う。
「君はシークラウド号という帆船のミュータントに育てられたんだね」
翔太はタブレットPCを見ながら聞いた。
シークラウド号。全長一〇九メートル。
二五三二トン。一九三〇年建造。シークラウドクルーズ社所有の帆船客船である。
「彼だけでなく私や他の旅客船のミュータントにも手伝ってもらったし、葛城茂元長官勝元長官に頼んで面倒を見てもらった」
ドゥロス・フォスが説明する。
「曽祖父は知っているんですね」
翔太がわりこむ。
「三十年前、時空の異変を察知したのは葛城茂長官で亀裂を見つけてオルビスと一緒に捜索したらベルゲン港で赤ん坊が捨てられていた。私とシークラウドと一緒に育てたの。仕事でいない時は帆船のミュータントや知り合いのハンターに頼んで面倒を見てもらっていた。ハンター訓練は三歳からしていた」
ドゥロス・フォスは遠い目をしながら説明する。
「大変だな。仕事と子育ての両立って」
感心する三神と朝倉。
「あの子は時空の亀裂や赤いオーロラが見えて植物とエネルギーの交換が出てきてその力で傷を治したり、心を癒したりできる。セレニティと感情を制御できる訓練もした」
タブレットPCでゲームをしているパオリを見ながら笑みを浮かべるドゥロス・フォス。
「彼は魔物を呼び寄せるらしくて無害な魔物が寄ってくる。だからクルーズの仕事の時はハンターを乗船させていたし、携帯できる結界石を持参していた」
アマデアがわりこむ。
「旅客船としての訓練はだれが?」
智仁がわりこむ。
「メアリー姉妹・・・初代クイーンメリーと初代クイーンエリザベスやフランシスと氷川丸、高砂丸、こがね丸、シークラウドよ。古参の旅客船のミュータント達にも訓練の手伝いをしてもらった」
ドゥロス・フォスが答える。
「クルーズ会社もクルーズ雑誌に乗らないような小さな船会社ですね。しかも三回も会社と船名が変わっている。
翔太がタブレットPCで検索する。
アマデアやクリッパーオデッセイが所属するドイツのフェニックス社以前の船会社は中古客船でも七〇年前の旅客船のミュータントが所属する小さな船会社である。二泊や四泊五日というようなショートクルーズ専門でこじんまりしたクルーズ会社だ。しかも三回も転勤して三回も船名が変わっている。
「アルビノ狩りやミュータント狩りが出没するようになったからよ」
セブンシーズマリナーが重い口を開く。
「気がつかないで申し訳なかった」
沢本とアレックスが頭を下げた。
「困っている船を助けなければいけないのに気がつかなくてごめん」
三神は視線をそらした。
「いいのよ。私達も言えばよかったけど沿岸警備隊も忙しかったからね」
アマデアが首を振る。
「尖閣諸島の戦い以後、中国企業や中国人のミュータント狩りやアルビノ狩りがあの子の周囲や港や航路に出没した。乗客がいる時は手を出さない。でもヴァーゴがしつこくストーカーしてきたから裁判で五十キロ以内に接近しないようにしたの」
クリッパーオデッセイが説明する。
「そのアルビノ狩りやミュータント狩りがランディの周りにも現われて日本に移住した」
アレックスが重い口を開く。
「それは初耳よ」
佐久間がわりこむ。
「未来郵便が届いてカラムの手紙にはランディの周辺にもアルビノ狩りやミュータント狩りが現われるから注意しろという内容だ」
アレックスは声を低めた
「なんでランディやパオリを狙う?」
間村は疑問をぶつけた。
「連中はサブ・サンというよりカメレオンクイーンの指令を受けていると思われる」
ライ・コーハンが答える。
「同じアルビノでの人間や普通のミュータントのアルビノよりマシンミュータントのアルビノは高値で売却され分解されて闇市でお守りとして売り飛ばされる」
サミットがタブレットPCを出した。
そこにはバラバラのパーツ写真と元のミュータントのアルビノの写真が映る。
「なんか聞いた事がある」
翔太と智仁がわりこんだ。
「アルビノ」とは、突然変異や遺伝的欠損で、生まれつきメラニン色素を生成する遺伝情報が欠落し、体毛、虹彩、皮膚などの色が白化してしまう先天性の病気である。またの名を先天性白皮症ともいう。マイケル・ジャクソンが疾患した尋常性白斑と似ている点もあるが、医学的にはまったくの別物であり、発育とともに症状が進行することはない。
アルビノは、メラニン色素の欠乏から、美しいほどの白い皮膚、淡い青や褐色の目が非常に印象的な特徴である。発症率は二万人に一人といわれ、古来より「神聖な力を持った者」と畏怖されることもあった。
日本だと、第二十二代清寧天皇は日本書紀の記述から、アルビノであった可能性が高く、
御名の「白髪皇子」の通り、生来白髪であったため、父帝の雄略天皇は霊異を感じて皇太子にしたという逸話まで残っている。ちなみに、アルビノは人間だけに見られるものではなく、カエルやカラスといった動物にもある。
ある少年は、学校から四人の友人と下校中に、銃を持った三人組に襲われ、射殺された。
またその数日前には四人の子どもを持つ母親が、マチェットを振り回す男に腕を切り落とされている。タンザニアでは、アルビノの身体の部位から作られた秘薬が幸運と繁栄をもたらすと古くから広く信じられており、体の部位が高値で取引されているのだ。また、2011年には十一歳のアルビノの少女が、友達と川へ遊びにいく途中、アルビノハンターにつかまり、背中を撃ち抜かれた後、頭部を切断され、舌や性器をくりぬかれるという残忍な事件もおきている。タンザニア警察の推察では、四肢と性器、鼻および舌が含まれた状態で、七万五千ドルで取引されていると言われている。タンザニア人の平均年収が、日本円にして三〇万円台であることを考えると、相当な金額である。
そもそも、アルビノのルーツはタンザニアと考えられており、タンザニア人口三五〇〇万人のうちアルビノは十五万人。およそ二五〇人に一人という高確率だ。概算しても、世界水準の約一〇〇倍である。タンザニアでは、アルビノの子どもが産まれた場合、差別や虐殺を免れるため、親が故意に殺してしまうこともあるという。また、近年では隣国などからもアルビノハンター達が入ってきて、金目当ての犯行を重ねている。
タンザニアには、古くからムチャウイと呼ばれる呪術師が人々の生活に欠かせないものとして存在してきた。西洋諸国から遠く離れ、医療の発達していない時代、特別な力があると信じられてきたムチャウイは医者であり、頼るべきすべてであった。そして、ムチャウイは、アルビノを聖なる存在と考え、アルビノの体の部位から特別な妙薬を作る。その妙薬は様々な効能があるとされ、身体的な問題を治すだけでなく、鉱脈を見つけたい者は地面にその薬をまき、また漁師は大漁を祈ってカヌーに薬を塗る。アルビノから作った妙薬は何にでも効くというわけで、まさに、幸福を呼ぶ万能薬というわけだ。
また、妙薬以外にも、アルビノの髪を編みこんだネットを使うと魚がよく採れるといった言い伝えや、アルビノの脚を持って鉱山に入れば金を掘り当てられるなど、アルビノの体の部位は様々な人を幸運に導くと、宗教的に考えられている。
「それは迷信だろ」
三神が反論する。
「アフリカのサハラ以南の地域では以前強い呪術師信仰がある。政府や魔術師協会、ハンター協会も禁止している」
マリアンヌが答える。
「あのヴァーゴという客船を捕まえるのはどうだろう?」
翔太がひらめいた。
「あの女はスパイよ。依頼主の情報はしゃべらないわ」
李紫明が首を振る。
「スパイは脳みそを探られても情報を出さない訓練をやる」
難しい顔をするライ・コーハン。
「僕とパオリをわざと泳がせるのはどう?」
黙っていたランディがわりこむ。
「簡単に言うな・・・」
あきれる三神と朝倉。
「適任がいるじゃん。飛鳥Ⅱをアルタニア号に偽装させる」
サミットがしゃらっと言う。
「スタークルーズ社は日本と上海、香港を結ぶクルーズを配給している。でもカメレオンが日本近海や南太平洋に出没し、魔物まで出没して中止や延期が相次いでいる。このままで行くとカリブ海にも出現するだろう」
沢本がタブレットPCで航路を見せた。
「僕達は月夜の花の手がかりを探そう」
翔太はうなづいた。
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