第04章 企画書が楽しさのピーク②
イッQは、ゲームの仕様やこれからの作業手順を考えていた。
カードバトルについては、壱人からもう少し具体的な話を聞き出して、なんとか動くものを作りたい。まずはテキストベースで作り、そこで問題があればルールを修正しながら大体の仕様を固める。後は実際にやってみないと分からない部分があるから、遊びながら調整と細かなルールを決めていけば良いだろう。
ストーリーモードは完全に分離して、後からバトル部分をはめ込むようにする。対戦モードは、複数のキャラクター毎に戦法を変える仕組みを作るのは、時間と技術を考えると無理そうなので、持っているカードの種類で差別化しよう。
そんな感じで企画書の内容を検討し終わった所で、壱人が帰ってきた。
「良いことを思い付いたんだ」
大学から帰ってきた途端に壱人が言った。こんな時の「良いこと」は大抵ろくでもない事なのだが、聞く前からダメとも言えないので、イッQは複雑な面持ちで話を聞く事になった。
「メインのライバルに“深赤バラの少女”っていうのを作って、それでその少女をリーダーとする集団があって、ストーリーはミッQとこの少女を軸に進めたら良いと思うんだ」
嬉々として話す壱人を見ながら「その前にシステムを…」とイッQは心の中で溜息をつく。
それでもイッQは、この話をあまり深刻には捉えていなかった。ストーリーの変更なら何とかなる。別に誰に文句を言われるわけでも、許可が必要でも無いのだから。
それにミッQ素材にはカラーバリエーションが存在し、それでなんとかなると考えていたのだ。深赤バラの少女とは言ってるが、ミッQの赤バージョンを使えば良いだろう。
「それでオリジナリティを出すために…」
「うんうん」
適当に聞き流していたイッQは、次の壱人の言葉では固まった。
「自分で描こうと思うんだ!」
「は??????????」
寝耳に水である。イッQは混乱した。
「この前、ガ○ダムと世界一有名なネズミが描けなかった奴が何を言ってるんだ?」
「あれは記憶力のせいで、画力は関係ないだろ」
壱人は反論し、そして自分で描けると思う根拠に付いて語り始める。
「実は、高校の選択授業は美術だったんだ」
すかさずイッQが突っ込む。
「お前が美術にしたのは、体育と音楽がしたくなかったからだろ!」
しかし話は止まらない。
「それでデッサンは割と得意だったんだよ」
「コップや花瓶とかの話じゃないか!」
それでも自信満々に結論を言った。
「だからモデルがいれば描けると思うんだ!」
思いがけない単語が出てきて、イッQはその単語を繰り返した。
「モデル?」
「マイナマイナさんだよ!」
壱人は、据え置き型のゲーム機でゲームをしているマイナマイナを得意気に指差した。イッQにその発想は無かったので「確かにそれは良いアイディアだ」と思ったが、やはり無理があるのではと考えている内に、壱人はマイナマイナにキャラクターのモデルになってくれるように頼んでいた。
しかしゲームの手を止めてが振り向いたマイナマイナはあっさりと断った。
「私はゲームの攻略で忙しいので、駄目デスデス」
かなりどうでもいい理由である。
「このキャラは、マイナマイナさんのイメージにピッタリなんですよ。ミステリアスな雰囲気で、何を考えているのか分らないけど、なぜか人を惹きつける魅力があって…」
頭の中で構想が出来上がってしまっているので、変更など考えられない壱人は、なんとか引き受けて貰うためにマイナマイナに理由を説明するのだが、興味が無いと言う風にゲームに戻ってしまった。それでも話を聞いてもらおうと話題を探している内に、壱人はマイナマイナに初めて会った時の事を思い出した。その時の印象が思わず飛び出す。
「部屋の中に翼を広げて現れた姿が目に焼き付いているんです!それに、その後ちゃんと顔を見た時に思ったんですよ。とっても、可…」
「か?」
壱人は「か」に続く言葉が出てこなかった。だがその言葉に反応したマイナマイナが圧力を掛けてくる。
「あ、いえ、綺…」
「き?」
基本的に人と話すことが極端に少なく、ましては自分の考えを言葉にして出すという事をしてこなかったツケが回ってきたのか、本人を目の前にして喉につかえたように口から出てこない。もちろんその言葉に嘘は無いが、マイナマイナの顔を見ると、直接伝えるのがとても恥ずかしくなってしまったのだ。
「き……き……」
だがさすがに間が持たず、ようやく絞り出した言葉は…
「奇妙だなって!」
その途端、マイナマイナの鉄拳が飛んだ。浮いた所をアッパーパンチ。落ちてくるタイミングで超必を出そうとしているところにイッQが割って入った。
「ごめんなさい!ごめんなさい!許して下さい!」
まだ怒りの色が目に残っているマイナマイナだったが、イッQの乱入で動きが止まる。その一瞬の隙をつき、イッQが大声で叫んだ。
「マイナマイナさんは可愛いです!」
イッQが突然そんなことを言ったので、マイナマイナも壱人も固まってしまった。それを見て矢継ぎ早に畳み掛ける。
「顔は人形のように整っているし、髪型は清楚でかつ可憐さも有り、服装も細部まで凝ってて、だからと言って派手ではなく、服に着られてもおかしくないのに、それを見事に着こなしてる!マイナマイナさんは高レベルで可愛いと思います!」
それを聞いたマイナマイナは満更でもないという雰囲気に変わった。
「そこまでではないデスデスよ。服は職場の制服デスデスし、まあ、少しアレンジしてますデスデスけどね」
マイナマイナの機嫌が直ったところでモデルの話に戻ったのだが、今度はあっさりと引き受けてくれた。どうやら気分次第だったようだ。
そうはいっても、壱人に絵が描けるとは思えない。しかしこのアイディアに興味が湧いてきて無駄にしたくないと思ったイッQは、しばらく考えた後に、かなり気後れしながらこう言った。
「もし良ければ、俺が描くよ」
今度は壱人が驚く番である。
「イッQさん、絵が描けるの?」
「実は、俺も自分で描こうと思った時期があって、その時に練習したんだ。だからお前よりは上手いはずだ」
恥ずかしそうにそう告白したイッQに対して、壱人は10年前の自分もキャラクターを自身で描こうとしていたのが判り少し嬉しかった。
イッQの画力がどの程度か見る為にノートにミッQの試し描きをしてもらう。出来上がった絵は、確かに今の壱人より画力は上だった。
「凄いよ、イッQさん、ちゃんと普通の絵だよ!ちょっと素人くさいけど」
「腹立つけど、本当の事だから言い返せない」
「どれくらい練習したらこれくらい描けるようになるの?」
単純な興味から質問したのだが、それに対する答えは意外と面倒なものだった。
「これでも美術解剖学の本とか買って勉強したり、毎日、デッサンや模写して練習したんだぞ。コピー用紙500枚のやつを買って何ヶ月も掛かって全ての紙の裏表に色々なポーズをした人を描いたりして…その間、ゲーム作りは停滞してたけど…でも基本は大事だから…」
このイッQの話を聞いた壱人は、10年掛かってゲームが完成しなかった原因が判った気がした。
「無駄とは言わないけど、本来作りたかったもの以外に労力と時間を使ったせいで、ゲームを作るという目的がおざなりになってしまったのかもしれない」
10年も掛かって何故ゲームが完成しなかったのか疑問だったが、こんな風に次から次にやりたい事が出てきて、それを全部やろうとして失敗したのではないだろうか?色々とアイディアを膨らますのは面白いが、あまり横道に逸れないように気を付けようと壱人は思った。
【おまけ】
「イッQさんから褒め言葉があんなにスラスラ出てくるなんて思わなかったよ」
「ふふ。バイト先の年配のご婦人方に、孫の写真やペットの写真、自分の育てた花の写真を見せられて感想を言う修行をしてきたからな」
壱人は頷きながらも軽い気持ちで聞いていた。
「いいか、嘘はすぐバレる。だから全ての感覚を使って良いと思うポイントを探すんだ。そのためには多少の知識もいる。犬で10歳ならかなりの高齢ですけど元気なんですね、とか…」
その話の後、イッQは、なぜかマイナマイナから労うようにポンと肩を叩かれた。
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