第04章 企画書が楽しさのピーク①

(作者注)ここに出てくる企画書は、イッQの考える企画書で一般の企画書とは違いますので、ご了承下さい。


 壱人は、プログラムの勉強で使っていた「ゲーム作りの書」を、なんとか最後のページまで進める事ができた。

 実際には、やってみたものの理解できないものや、難しくて一部飛ばした項目もあるのだが、「必要なら後で見ればいい」というイッQの言葉もあって、とにかく一通り終わらせたのだ。


 そして、このタイミングでイッQは壱人にこれから作るゲームの企画書を作るように頼んだ。企画書とは、アイディアを大まかに纏めて全体をイメージできるものであり、これからゲーム作りをする為に必要になると考えたからだ。


「なんでそんなものを作らないといけないんだ?」


 しかし、面倒だという顔で壱人が問い掛ける。早く作業に入りたい壱人にとっては、自分の頭の中に作りたいものはあるのに、わざわざ書き出さないといけないなんて二度手間に思えた。

 そう言われてイッQも、昔、思い付いつくままに作っていた事を思い出した。だが、それでは上手くいかなかったのだ。なぜなら頭の中にある完璧なゲームは、ただのガラクタの集まりで、頭の外に出せば沢山の矛盾や欠陥のせいであっという間に崩れ去るからである。

 けれども、それは失敗して初めて分かることで口で説明しても理解できないだろう。だからといって失敗するのを待つ訳にもいかない。イッQは暫く考えて「そうだ、あれだ」と思い付いた。


「なあ、記憶だけでガ〇ダムが描けるか?もしちゃんと描けたら企画書は書かなくていい」


 突然のイッQの申し出に少し戸惑いはしたが、壱人はそれを受ける事にした。お題は「初代ガ〇ダム(頭部のみ)」。有名なキャラクターであり、特徴的な外見を持っているので簡単に描けるだろうと思った。


 3分後。野球のホームベースのような形にV字の突起が付いていて、横長の六角形の目と、四角が二重になっている口の付いた絵が出来上がった。見る人が見れば判るかもしれないが、ガ〇ダムとは到底思えないものである。


「おかしい。こんなはずじゃ…」


 壱人が頭を抱える。


「頭の中のイメージなんてこんなもんだ。お前、これでプラモデル作れって言われたら困るだろ?」


 しかし壱人は反論した。


「ガ〇ダムは画力が必要な題材だ。それに考えたらちゃんと知らないし。もっと身近で簡単なやつにしてくれ!」


 やり直しを要求され、イッQはもう一度お題を考え直す。ドラ〇もんは絵描き歌があるからダメだし、なかなか条件に合うものが出てこなかったが、あれなら文句無いだろうと思われるものがあった。


「世界一有名なネズミならいいか?」


「それでいい」


 3分後。その絵は、丸い顔に丸い耳が2つ付いていて、少し曲がった鼻があり、耳と頭の上は黒く塗ってあった。ネズミだと判るし、多分あのキャラクターなんだろうと想像は付くが、何度か書き直したせいで目の辺りが汚れてしまい、似ていない上になんだか狂気を感じさせた。


「なんか怖い…」


「目が笑っていないデスデス」


 イッQとマイナマイナの容赦の無い感想を聞き、壱人自身もそう思ったので、さすがに負けを認めざるを得なかった。


「でも企画書ってどんな風に書けばいいんだ?」


 突然書けと言われても何をどうすればいいのか判らず、壱人は考え込む。


「とりあえず、箇条書きでいいから思い付いたものをどんどん書けばいいんだけど…」


 そう言ってから、それでは大雑把過ぎて壱人も困るだろうとイッQは気付き、もっと具体的に説明する事にした。


「そうだな。企画書っていうのは“プラモデルの箱絵”みたいなものかな。プラモデル自体の完成した状態、プラス、周りの状況や世界観までも表している完成予想図だ。メインになるものをまずしっかり書いて、更に周囲を固める要素があると全体のイメージが掴みやすいと思う」


 イッQは更に続ける。


「プログラムは1つのパーツを作るのに集中しやすいから、全体が見えなくなる事があるんだ。そんな時に最終的にこうなるってイメージがあると、方向性や、修正箇所、必要不要、優先順位の判断がしやすくなる。それにこれを作るんだっていう目標にもなるしな」


 そして最後にイッQは恐ろしい言葉を付け加えた。


「完成予想図無しで作ったら、ガ〇ダムのつもりが知らないうちにジ〇になってたりするんだよ!しかもガ〇ダムとして作ってるからジ〇としてもおかしな物が出来上がるんだ!」


「そんな事ある訳無いだろ!」


「ゲーム作りでは稀にあるんだよ!」


 その謎の発言に困惑したが、企画書の書き方はなんとなく判った。壱人はせっかくだからと新しい大学ノートを取り出す。ゲーム作りの書と一緒に購入した5冊セットの内の1冊だ。


 壱人が書き始めてから、かなりの時間が経った。そんなに色々と書く事が有るのかとイッQは思ったが、講義の間にでも考えていたのだろうと考え、終わるまで静かに待つ。

 暫くして壱人の「できた」の声が聞こえた。早速イッQはノートを受け取り中身を見る。

 そして一目見て「しまった」と思った。


 イッQはカードバトルをメインにした企画書を書いて欲しかったのだが、ノートの1ページ目から3ページ目までは、ゲーム中の世界の名前や成り立ちや構成などの説明に使われていた。さらに次のページからは登場キャラクターの紹介が始まる。ヒロインはミッQだが、ライバルキャラクター、そしてサブキャラクターの説明まである。ご丁寧に希望の声優も書かれていた。


 面を食らったが「世界観やキャラクター設定はストーリーモードで使うかもしれないから」と思い、次のページを捲る。すると次は、グッズ展開、アニメ化、コミカライズなど、妄想全開の夢が書かれていた。


「グッズ展開とか必要無いだろ!お前はどこの有名ゲーム会社のタイトルを作るつもりなんだ!?」


 そうツッコミたくて仕方なかったが、肝心のカードバトル部分がまだ出てきていないので、グッと堪えてイッQは読み進める。

 その後は、ストーリーモードや一人練習モードの説明があり、そしてやっとカードバトルのページになったのだが…


・手札は3枚!

・簡単で直感的!

・スピーディ!


 の3行で終わっていた。


「さっきのストーリーモードの方がよっぽど細かく書かれてたじゃないか!」


 怒りが頂点に達し「ミッQキックをお見舞いしてやる!」と立ち上がろうとした時、絶妙なタイミングで膝の上にピヤ号が乗ってきた。ヒヨコのような何かであるピヤ号はあれから更に成長し、普通の猫ほどの大きさになっていて、撫ぜるととてもフワフワで柔らかいのだ。

 タイミングを逸したイッQは、ピヤ号に免じて怒りを納め、そして、そのままピヤ号を撫ぜているうちに、とりあえず最後まで読む気になった。


 カードバトルの次のページには「対戦モード」と「ネット対戦」という文字が書かれている。


「パケットのパの字も知らないくせにネット対戦なんて気軽に書くなよ」と溜息が出そうになったが、こうやって「できる」「できない」に関係無く、様々なアイディアを考えるのが楽しいのだという事を思い出したので表には出さなかった。それに…


「楽しいのはここがピークで、後は下降線だなんて口が裂けても言えないしな」


 この先は、理想と現実を近付ける作業になる。現実を理想に近付けるのでも、もちろん良いのだが、壱人の技術を考えると理想を下げざるを得ないだろう。だから、今のうちにゲーム作り終了までの楽しさを溜めこんでもらおうと考えたのだ。なにせ、趣味のゲーム作りから楽しさを取ったら、ただ辛くて無駄な時間でしかないのだから。


 壱人の書いた企画書を改めて見て、四畳半しかないのに江戸城を建てるみたいな内容だと思ったが、とにかくこれが自分の作りたかったゲームだという事が判った。まずはカードバトル部分をもっと具体的に詰めて、この中から実現できそうな項目を選んで形にしよう。イッQはゲーム作りについて決意を新たにした。


 しかし壱人の暴走とイッQの苦労はこれだけでは終わらなかったのである。

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