第02章 Hello world③

「この後、どうするのデスデスか?」


 大体の事情が飲み込めたところで、マイナマイナが尋ねた。

 ヘロヘロの壱人を見て、今後の事が心配になったのだろう。


 しかしイッQの返事はあっさりしたものだった。


「放っておいても、2、3日で立ち直りますよ」


 なぜなら、自分がそうだったから。


「でももし」とチラリとある思いが頭を掠める。


「このまま諦めてくれたら、この後、苦労しなくて済むのにな」


 だが、それが無理な事も知っていた。

 なぜなら、これも自分がそうだっから。


 時間が勿体無いので、さっさと立ち直ってもらいたいのだが、やる気を出させる方法が「雪玉まんじゅう」くらいしか考え付かない。


「さすがに、それはない」と思っていた時、マイナマイナが声を掛けてきた。


「考え中のところ、申し訳ありませんが、悪霊が出たので捕まえて下さいデスデス」


 イッQがマイナマイナの視線を追うと、部屋の中に“黒い人魂”が浮いていた。


「これを使ってくださいデスデス」


 マイナマイナから捕霊網(見た目は捕虫網)を渡されたイッQが、黒い人魂を観察すると、フワフワと蝶のように飛んでいて、簡単に捕まえられそうである。


 しかし、黒い人魂はスイーッと倒れている壱人の方に寄って行き、ピトッと止まった。


 そしてその形がスッと消えた途端、壱人が突然暴れ出した。

 意味不明な言葉を発し、喚きだす。


「壱人くんが取り憑かつかれてしまいましたデスデス」


「ええ!?」


「普通、人には簡単に取り憑けないのですが、今の壱人くんは気力が無く、無防備だったので、取り憑けたのデスデスね」


 マイナマイナは冷静に分析した後「これからは気を付ける事にしますデスデス」と付け加えた。


「そんな事言ってる場合じゃないです」


 暴れている壱人を見てイッQが焦る。


「大丈夫デスデス。悪霊は天使のエネルギーを嫌うので、私が壱人くんに抱き付けば、悪霊もすぐに離れるのデスデス」


「だ、抱き…!?」


 そう言って、マイナマイナが壱人に近付いていく。


 イッQは少し離れて、それを見ていたのだが、なんだか腹の底がグツグツとしてきた。


 隙を見てマイナマイナが抱き付こうとした、その時…



 ミッQビーーーム!



「そんなラブコメ、俺が許さん!!」


 イッQは、壱人だけいい思いをするのが許せなくて、ついビームを発射してしまった。


 しかし、ビームのおかげで悪霊は壱人から分離した。


「大丈夫デスデスか?」


 ミッQビームは、ショックは大きいが、体には余り影響が無いため、声を掛けられた壱人はすぐに気付いた。


 悪霊に憑かれていた事を覚えていなかったので、マイナマイナは簡単な説明だけして、自分の後ろに下がらせる。


「とりあえず、壱人くんは、悪霊に近付かないようにして下さいデスデス。また取り憑かれると面倒なので」


 その間も、イッQは逃げ回る悪霊をドタバタと追いかけまわしていた。

 それを見て、壱人はある疑問を言葉に出す。


「あの、怖くて聞けなかったんですが、もしかして10年後の俺って…」


 壱人の意図を理解して、マイナマイナは教えてくれた。


「はい。イッQさん=10年後の常雲壱人さんは、お亡くなりになってますデスデス」


 薄々気付いていたが、壱人はショックを受けた。


「しかも悪霊反応が出ていたのデスデス」


「あれは悪霊なんですか?」


 網を振り回すイッQは、とてもそうは見えない。


  悪霊化は、不慮の事故で亡くなった者には珍しくないらしい。そして、その場合でもすぐに浄化する事が出来る。


 しかしイッQの場合は、悪霊反応が消えなかったのだ。


 かと言って、浄化が出来ないような強力な悪霊でもない。


「特殊なケースという事で、担当が付いて、その原因を調査することになったのデスデス」


「もし原因が判らなかったら、どうなるんですか?」


 不安になり、壱人はついそんな事を聞いてしまった。


 その壱人の目を見て、マイナマイナは静かに答える。


「私達の目標は『迷える魂をゼロに』デスデス。だから最後まで見届けますデスデス」


 それを聞いて、壱人は安心した。


「よろしくお願いします」


 その時、イッQの「捕まえたぞー」という声が聞こえ、壱人はそちらに駆け寄った。


 二人を見ながらマイナマイナは呟く。


「最後の処理までが、仕事デスデスからね」




 イッQは捕まえた悪霊をマイナマイナに渡す。


 それを受け取り、しばらく観察していたマイナマイナは、予想外の事を口にした。


「どうやら、ゲーム作りに関係のある霊のようなので、話を聞いてみますデスデスか?」


「そんな事できるんですか?」


 行き詰まっていた壱人には、願っても無い事だったので、「是非、お願いします」と頼んだ。


 霊と会話をするのは、天使にとってはたやすい事らしく、マイナマイナはすぐに承諾し準備をする。


 まず、人ひとり分の大きさの光のサークルを描き、その中に黒い人魂を入れ、しばらく待つ。


 すると人魂は人の形へと変わっていく。形の整ったところで、目を覚ましてやるのだ。


 それは、年齢不詳の男性で、痩せて眼鏡を掛けていた。いかにもプログラマーという雰囲気である。


 やや下を向き、どこを見ているのか分からないところが気になったが、壱人が「あの…」と声を掛けると、聞こえたのか、壱人の方を向く。


 話が出来そうだと思った壱人は、早速、開発環境の設定で困っている事を相談した。


 だが…


****な****だ***れはーッ!

パス***グチ****チャじゃ****えか!

***システム変更す****前にバック***ップは取ってある****だろ***な!

無****!***ざけるな!

****この状態から*****せるとか***かしいだろが!

途中****が一番*****倒くせー*****だよ!

設****するこっちの身*****なれよ!


 突然、言葉になっていない言葉で怒鳴り散らし始めた。

 先ほどの取り憑かれた壱人と同じである。


 しばらく耐えていたが、ずっとこんな調子だったため、マイナマイナに中止を申し出た。


「この魂を浄化する。そして天の門よ、この魂を受け入れ給え」


 浄化の儀式が行われ、魂は天へと昇って行った。


「役に立ちましたデスデスか?」


 マイナマイナの問いに「えーと、余り…」と、結局、疲れただけの壱人が答える。


「まあ、そう上手くはいかないよな」と、イッQも溜息をはく。


 その時、壱人はある事に気付いた。


「良く考えたら、イッQさんは、開発環境の設定した事あるんだよね?」


「あ、うん」


「なら、どうすれば良いのか分かるよね!」


 近くに解決の糸口があった事に、壱人は意気込んだが、イッQはキッパリ言った。


「それは無理」


「なんで?」


「10年前に1回しかしてないことなんか覚えてない」


 正確にいうと「苦労したことだけ」は覚えている。


「だから、この件に関しては、俺は役に立たないぞ」


 そう言い切る。


 最後の望みも絶たれ、壱人はまた落ち込んだ。


「もう、出来る事が何も考え付かない…」


 そんな壱人に、イッQが声を掛ける。


「出来る事なら、まだあるぞ」


「え、何?」


「初めからやり直す」

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