第02章 Hello world②

 数時間前。


 河原での決着が着いた後、部屋に戻ってきた壱人は、早速ゲーム作りを始めようと言い出した。


 本当なら、本を買ってすぐに取り掛かりたかったのに、イッQ達の来訪で始める事が出来なかったのだ。


 そして10年後の自分と言う強力な助っ人を手に入れた事で、ますます気持ちが止められなくなっていたのである。


だが、それに待ったを掛けたのはイッQだった。


「水を差すようで悪いんだけど、すぐには始められないぞ」


「なんで?」


「まずは本にも書いてある通り、ゲーム作りの準備をする必要があって…」


 説明しようとするイッQの言葉を壱人は遮る。


「ページ数はそれなりにあるけど、ほとんど図解だし、この通りにやればいいんだろ?楽勝楽勝」


 話を聞かない壱人に、イッQは「そういう事じゃ無くて」の後に、こう言った。


「最初にダウンロードしないといけない開発環境だけど、3時間掛かるから」


「さ、3時間?」


 驚きと疑いの混じった声で壱人は繰り返した。


「どうしてそんなに掛かるんだ?」


「ファイルサイズが大きいんだ。異世界丸ごと召喚くらい。こればっかりは、やる気がいくらあっても早くならないから」


 すぐに始められない意味を理解して、壱人はガッカリする。


 しかし、それを丁度良いと思った者もいた。マイナマイナだ。区切りの良い所で一旦戻ろうと思っていたので、好都合だったのである。


「それでは、また後でお会いしましょう」


 二人にそう言い残して、マイナマイナは光に包まれて姿を消した。


 どこに行ったのか気になったが、壱人とイッQは、早速、開発環境をダウンロードする事にした。


 本に書いてあるURLにアクセスし、英語のサイトが表示されて怯みながらも、図解の通りの「ダウンロード」ボタンをクリックして開始するのを見届ける。

 後は終わるまで作業を進める事は出来ない。


 壱人は、すぐに「ゲーム作りの書」を開いた。

 ※壱人の購入した本の名前を変更しました。


「早くここに書いてあることを実行したい」


 本と一緒に買ってきたノートを広げて、プログラムの勉強を少しでもしようとしたが、イッQの勧めもあり、まずは風呂に入る事にした。


 先ほどの追走劇の汗や泥で汚れていたからである。まあ、その原因がイッQである事は、とりあえず置いておくとして。


 だが、壱人はシャワーをさっと浴びるだけで出てきてしまい、5分しか時間を使わなかった。

 ダウンロード率3%。


 その後、夕食がまだだったので食事にしたが、いつもと同じで大して時間は掛からなかった。

 ダウンロード率18%。


 まだ大分ある残りの時間を、壱人は「ゲーム作りの書」の予習に使う事にした。


 ちなみにイッQは、壱人から静かにしているように言われて、RPGゲームを延々プレイする事になる。


 そうやってなんとか潰していた時間も、だんだんと集中力が無くなるにつれて難しくなっていった。


 気持ちだけが焦るが、ダウンロードは終わらない。

 ダウンロード率56%。


 途中、壱人が眠そうなのを見て、イッQが仮眠を進めたが、寝るとやる気が無くなりそうだと断り、外を歩いて眠気を覚ました。

 ダウンロード率74%。


 「ゲーム作りの書」の予習と、眠気を覚ます為の散歩を繰り返しながら、なんとかやる気を持続させる。


 そして夜遅く、ついに…


 ダウンロード率100%。


 待ちに待った、ダウンロードが終了した!


 これでやっと「ゲーム作りの書」の中に書いてある作業を進められると壱人は思った。


 すぐに壱人は第02章を開いたが、イッQに「まだ設定が終わっていない」と言われ「え?」となる。


「ダウンロードしたら、すぐに使えるんじゃないの?」


「開発環境の設定は、この後が本番だよ」


 その言葉の通り、壱人の地獄はこれからが始まりだったのである。


 まず、開発環境のソフトの表記は基本が英語だった。英語を避けてきた壱人には、それだけでも高い壁に感じた。


 さらに、文章とは違うアルファベットと数字と記号の塊が並び、訳が分からなくなる。


 書いてある通りに進めているはずだが、自分でも合っているのかどうか分からなかった。


 それでも、やっと設定が終わり、ちゃんと動くかどうか「Hello world」を出してみたのだが、上手くいかなかったのだ。


 壱人は、もっと先の事がしたいのに、その前で手こずっている自分がじれったかった。


 焦る気持ちばかりが強くなり、そのため、目の前の作業に集中出来ない。


 それでも手順を確認し、間違っているところはないか探す。


 いくつかの小さな間違いは見つけたものの、やはり「Hello world」は出なかった。


 やる気があった分、失敗の反動は大きい。


 そんな事を何度がしているうちに、壱人は緊張の糸は切れてしまったのだ。


 こんな準備の段階から失敗してしまうなんて、なんて自分はダメなんだろうと考えてしまう。


 河原で走った疲労もあったかもしれない。慣れない事をして頭を使いすぎたのかもしれない。


 しかし、こんなにやっても進展が無いなんて、少し前までの自信はなんだったのか、自分でも笑いたくなった。


 こんなんじゃ、この先ゲームを完成させる事なんて出来ないと思った。


 壱人とイッQのゲーム作りは、始まる前に暗礁に乗り上げたのである。


 そして現在に至る。

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