第02章 Hello world④
「初めからって、どこから?」
イッQの言葉に、壱人は警戒する。そして、まさかと思った答えが返ってきた。
「『ゲーム作りの書』の最初。開発環境のダウンロードからだよ」
「何言ってんだよ。あれ3時間掛かるんだぞ!」
「分かってるよ」とイッQは言う。
「でも、ゲーム作りしたいなら、なんとかしないといけないじゃないか」
「うっ」
「同じ事の繰り返しになるかもしれないけど、何か分かるかもしれないだろ?」
イッQの言う通りで、なんとかしなければ、と壱人は思っていた。
だけど最初からって意味があるのだろうか、と考える。
例えるなら、3時間掛けて歩いてきた道が崖っぷちになっていたのに、もう一度、同じ道を初めから歩いたら、今度は道が繋がっているのか?
壱人が難しい顔のまま黙っているので、それを見たイッQは、大きく息を吐いてから正直に言う。
「多分、これは、あまり頭の良くないやり方だと思うよ」
そして苦笑いしながら言葉を続ける。
「だから、他にいい案があるなら、そっちをするんだけど、俺は凡人だから、こんな事しか思いつかないんだ」
それを聞いて壱人は「自分で凡人とか言うなよ」と思った。確かに、こんな泥臭いやり方しかないなら、凡人かもしれないけど。他人が言った事なら色々な理由を付けて打ち消せるが、10年後の自分に言われてしまっては否定できないじゃないか。
何か手がかりでもあれば良いのに。いや、多分、見る人が見れば、分かる問題なのだろう。
だけど、今の自分には、技術も、知識も、発想も、何もない。
だから分からない。
でも始めたばっかりなんだから、分からなくても仕方ない、とも思った。
つまり今の自分はレベル1。
レベル1なら出来ない事があっても当たり前だ。
他の方法があったとしても、レベルが高すぎて自分に不可能なら意味が無い。プロが出来るからって、一般人が真似しても同じように出来ないのと同じだ。
凡人なのは仕方が無いとして、レベル上げは可能なはずだ。
よし、今の自分が出来る事をしてレベルを上げよう。
そう壱人は結論を出した。
下を向いていた壱人が顔を上げる。
「イッQさんが凡人なら、俺だって凡人だ」
壱人の決断は早かった。
「だから、それしかないなら、それをやる」
「決まりだな」
もう少し時間が掛かるかと思ったのに、とイッQは思った。
「じゃあ、今日はここまでにしよう。疲れただろうから、作業はまた明日だ」
イッQがそう言うと、壱人は間髪おかずに言い返す。
「いや、今からやる!」
さすがに早急すぎると、イッQが驚く。
「別にやり直しても、上手くいくとは限らないのに、なんでこんなに張り切ってるんだ?自分はこんなに馬鹿だったっけ?」と思ったが、イッQはなぜだか嬉しくて心の中で笑ってしまった。
数年後には、効率の良い悪いで判断するようになるのだが、今は、壱人から湧き出している、こういう得体のしれない力を大切にしようと思った。
「よし。今からやろう」
イッQも、とことん付き合う覚悟を決めた。
早速、壱人はパソコンに向かう。
とはいえ、休みなしで作業するのは厳しいと思ったイッQが、気遣いの言葉を掛けた。
「さすがに栄養ドリンクくらいは、飲んどいたほうがいいんじゃないか?」
しかし壱人の反応は…
「は?栄養ドリンク?何それ、おっさんっぽ…」
ミッQパーーーッンチ!!
「20代は元気でいいなー!くっそー羨ましいーー!」
イッQの中身は30代である。
それから壱人は、開発環境をアンインストールし、ダウンロードしたファイルも削除して、最初からやり直した。
その際に、イッQが目標にしたのは「分からなくてもいいから、焦らず正確に作業をする事」だった。
ひとつひとつ、確認しながら先に進める。
英文で分からないものは翻訳サイトで翻訳し、分からない言葉は検索した。
『ゲーム作りの書』に、書き込みが増えていく。
既に夜は明け、陽はすっかり高くなっていた。
気力と体力を使い果たした壱人が叫んだ。
「 “Hello World” やっと出たー!」
2回ほどやり直した後、なんとか動作確認は成功した。
なお、どうして正常に動かなかったのかは、結局、良く分からないままである。
壱人は、疲れてはいたが、挫折の時とは違って心地良かった。
テキストの表示が出来ただけなのに、なんでこんなに嬉しいんだろう?体は怠くて動かないのに、嬉しくて駆け出し気持ちだ。
やっとスタートラインに立ち、ゲーム作りはこれからだというのに、まるでゲームが完成したかのような達成感だと思った。
イッQも、長時間の緊張から解放され、ホッとする。
2人はお互いに「お疲れ」と言い合い、パソコンの電源を15時間ぶりに落とした。
「お疲れさまデスデス」
マイナマイナも二人を労ってくれた。
しかし「ところで」と話を変える。そして、差し出した手の上には、何かが乗っていた。
「すっかり忘れていた壱人くんの記憶の卵デスデスが、先ほど変なものが生まれましたデスデス」
「……は???」
そこには、ヒヨコのような何かがピヤピヤ鳴いていた。
壱人もイッQも、その生き物を見て時間が止まる。
それで頭がオーバーフローしてしまった壱人は「とりあえず、寝かして下さい…」と言い残して倒れるように眠りについた。
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