第48話

 明と莉緒は共に歩きながら、言葉や想いを交わした。エゴを、虚無感を晒せた。

 自分は世の中の主人公などではなかった。

 容姿に優れたわけでもないし、特別な才覚もない。明晰な頭脳を持つわけでもない。

 ある人間からすれば取るに足らない、またある人間からすれば贅沢な悩みを抱えた、つまらない男に過ぎなかった。

「今になって、それがようやく分かったんだ」

「そうだね。あなたの中を見ていると、正直言って恥ずかしくなる」

 明は俯いた。言葉にはしなかったものの、それでもなお、自分自身に対する自意識が捨てきれないことも明かした。だが、莉緒はそれを責めることはなかった。

「でもそれほど卑下しなくてもいいんじゃない」

 明は顔を上げた。

「これをやったのはあなただし。お兄ちゃんとは違うやり方で」

 莉緒は微かに笑った。明は静かに首肯する。巡り合わせだけでなく、意思の力によって、彼らを取り巻く得体の知れない流れに対して、明は一枚かむことはできたのだ。その指摘は明を少し前に向かせてくれた。

 そんな彼らの行く先にあったのは、真新しい異世界などではなく、ぼんやりとうつる玄関であった。

 明はこの帰結を夢で知っていた。

「ねえ、あれは、出口なの?」

「何が見える?」

「私の家のドア……」

「俺が前の上縞町に入った時は、玄関を開けた先に階段が続いていたんだ」

 明は時計を見た。5月26日の朝であった。空間的にはともかく、やはり時間を戻すことはできなかったわけだ。おそらく、街の中も以前とは違うものなのだろう。砂漠の中の街も消え去ったわけではなく、ただこれから行く先へ繋がっているだけなのだ。明には、過ぎ去った砂漠の中の街を否定する気は無かった。

「あの先には、また大勢の人間が共有している街があるんだろう」

 莉緒はため息交じりに俯いた。

「でも、すりガラスみたいな世界なんて、すぐに嫌気がさすと思う」

「だろうね」

「その時は別の誰かがどうにかする、なんて……」

 莉緒は呆れたように笑い、「さようなら」と告げた。

 その背には、風早亮の影が見えた。

「きっと、また会うことになるよ」

 明にはその確信があった。彼は彼女の歩みを黙って見届けた。

 扉に手をかけ、一度だけ振り返る莉緒。明は笑いかけ、黙って頷いた。

 彼女はそのまま、扉の向こうへと消えていった。

 音を立てて扉が閉まる。その扉は、明には彼の自宅の入り口として見えていた。

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