第46話


 水木はゆっくりと瞼を開けた。

 さきほど、街中を突如襲った混乱は今も脳裏に焼き付いていた。だが、その狂騒はいつしか嘘のように静まり、耳が痛くなるほどの静寂さが辺りを包んでいた。

 彼は虚空に漂っている自身に気づいた。

「水木さん、大丈夫ですか」

 傍で小野川が心配そうに覗き込んでいた。水木は静かに微笑んだ。

「何がどうなっているやら、さっぱりだけど、無事だよ」

 彼らは先ほどまで小野川の部屋に居たはずだった。明の帰りを待っていた水木は、街中で風早の発見の報を聞きつけた。その時点では明に関する情報が回っていなかったが、彼のもとへ向かうことを小野川に告げに来た、その矢先のことだった。

「これって、現実のことなんですかね?」

 小野川はぼんやりと目の前にひろがる空間へ目をやる。引き延ばされ、掻き回された世界中の色と色がまじりあい、辺りは黒一色に染まりきったようだった。

 彼の問いかけに、水木はもろ手を挙げて笑った。

「何から何までが現実なのやら。本当に、明くんが言っていたように、俺たちが住んでいたこの場所は、恐ろしく不確かなものだった、ってことか」

 水木自身は、ここに至る直前までは、明の言うことを完全に信じ切ることができなかった。それは目の前の現実とその安定性を否定することにもなるからだ。

 だが、現在起こっている変革に際しては、否応なしの力で巻き込まれていく。こうなっては、すべて認めざるを得なかった。

 彼の表情には割り切った清々しさがあった。

「これって……明のやつが、風早をどうにかしたってことでしょうか」

「うーん、まだはっきりしたことは……」

 そのとき、彼らは自身の足元がいつの間にか固まっていることに気づいた。地面ではなく、それは光る階段だった。

「水木さん、これって」

「明くんの話と同じだ」

 しかし、そこで水木は首を傾げた。

「彼の話では、歩いて新しい街に移ってきたのは、彼だけだった筈だけど」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る