第32話
夜が訪れた。
明は布団のなかで眠気の訪れを静かに待った。今は、身に降りかかったすべての出来事を忘れ去りたかったのだ。しかし、心臓の鼓動は鎮まることを知らず、焦燥感に似た感覚が意識を覆っていた。呼吸も荒れ、目の端が渇きで微かに痛む。
心身ともにくたびれきっているはずなのに、彼の身体は眠気を忘れてしまっていた。
群衆の嘲るような笑い声が耳から離れない。騒音にも似たその幻聴が止まない。
そして瞳を閉じれば、万華鏡のようにして最悪の光景が暗中で展開する。変わり果てた自分の顔、失った右手の人差し指、自分を笑う大勢の顔、顔、顔……。
時計の針が無機質な音を刻み続ける。刻み続ける。刻み続ける。刻み続ける。
群衆に顔を変えられ、眠ることもできない自分が哀れに思えてくる。まるで、世界から見捨てられた存在となってしまったかのように感じる。
ふと、明の心は突拍子もない不安に襲われだした。
ひょっとすると、今、部屋の扉の向こうでは、自分をまだまだ痛めつけたがっている人間が待ち伏せているのではないか。今にも彼らはそこの扉を開け、襲いかかってくるのではないか。
明はまだ見ぬ闖入者を警戒し、扉をじっと見つめ続けた。
二時間、三時間が経過する。しかし、辺りは静かなままである。それでも気が休まることはない。明は得体のしれない敵を想像し、警戒を続けた。自分が誇大妄想に取り憑かれ始めていることは薄々分かっていたが、心の底から湧いてくる不安を抑えることは難しい。今は理性も疲れ果てている。
朝が訪れたことで、ようやく明は警戒心を少し薄めた。当然、部屋の扉が開けられることはなかった。
彼の理性は、自分の置かれている現状を認識することで手いっぱいだった。
朝が訪れ、日が変わっても、現状は何も変わらなかったのだ。悪夢が自律的に収束しなかったことに対し、明の口からはため息が出た。今後も、この悪夢の中を自分の力で生きなければならないのだ。そう悟った彼の瞳は、すっかり輝きを失っていた。
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