第20話


 風早莉緒は気配を殺して、小野川の家をじっと観察していた。

 小野川家の面する通りの影から現れた彼女は、今しがた明かりが消えた部屋の窓を見つめる。今の彼女には、降りしきる雨もまったく気にならなかった。彼女は雨水が口に入ってきたことで、初めて自分の口元が緩んでいることに気がついた。

 たった今、自分が見たこと。それを街中に伝えればどうなるか。それを想像するとともに、彼女は愉快な気持ちになっていた。

 彼女の兄は二日前の朝に、家を出て行った。

「どうしてこんな馬鹿なことになんだよ! この街は、明を標的にしている筈じゃあなかったのか」

 激昂する兄に、莉緒は何も言う言葉を持たなかった。

 現在、風早亮は行方をくらまし、入れ違いで家の周りには不審者が数名うろつくようになっている。皆、風早亮という人間を潰したがっているのだ。

 莉緒はたまらず、この事態を引き起こす原因となったビラを探ることにしたのだった。街の中でビラの落ちている場所を知り、それを撒いた者の動きを辿ろうとしたのである。こういう場合、複数人の継ぎ接ぎされた情報は数珠につなぐことができる。

 そして彼女はビラを撒いている人間を見つけ出した。そこは、数日前に明が行方をくらましたところの近くだ。莉緒はその男が「小野川」と書いてある表札の家に入っていくところを確認し、小野川の動向を観察していたのである。

 そしてその翌日の今日、同じ時刻から張り込んでとうとう明を発見したのであった。

 それも、兄が標的にされたことがあの二人の共謀であったらしい。これを広めればどうなるか。彼女は自分が楽しんでいることに薄々気付いていた。

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