第五章 ラベンダーグレイ(前編)
エメラルドグリーンの海と赤い花。私はパステルカラーに染められた色取り取りの砂浜を駆ける。水色のお空には白い太陽がいて、見上げると目が眩んでしまうけど何故か楽しい気分。砂浜を上がると白いお家が見えた。ここはパパとママが私の帰りを待っているの。
まだ遊び足りない私は砂浜を駆けているとアルトお兄ちゃんと出会った。
それと同時に、夢を見ていることに気付いてしまった。
美しい色彩の空間の中で、ひと際輝いて見えるアルトお兄ちゃんのグリーンイエローの髪。私に気付くと目尻を下げて優しく笑った。
「どこにいくの? 僕のリトルプリンセス」
私はどこにもいってない、言いたいことは沢山あるのに喉元で言葉がつかえてしまったようで、何も言えなかった。
「エミリア、ごめんね。僕の帰りを待っていてね」
お兄ちゃんはそういうと強い風が吹く。一瞬、目をつむったらもうお兄ちゃんの姿は消えていた。
水平線の彼方、白いお家。いつの間にか、エメラルドグリーンのさざ波の泡はだんだん赤くなって空を舞い、美しい景色を赤く染めていく。
やめて、赤に染めないで。お願い、壊さないで。
私は白いお家まで駆けていく。けれどいくら走っても追い付かない。パステルカラーに染まった砂浜は段々と色を失い、赤に汚染されていった。
突然、大きな音がした。驚いて空を見上げたら、空が割れて何か黒い塊が空を横切っていた。
私は躓きながらも急いで逃げるが、赤と黒に段々と追い込まれていく。
助けて、誰か助けてよ。アルトお兄ちゃん、助けて……
エメラルドグリーンの海の水平線に大きな十字架があった。
さっきまではなかったのに。
その十字架に沢山のオーブが吸い込まれていく。
エミリアは、命はいつかこの海に還ることを理解した。
「僕のリトルプリンセス、ここでずっと見守っているよ」
十字架からアルトの声がする。いつもの優しい声なのに、私は悲しくてたまらなかった。
これは墓場なのだ。そしてあの十字架は墓標で、死者の住む国の目印。
アルトお兄ちゃんは死んでしまった……?
「嫌、嫌、こんなの嘘よ。これは夢だ!」
エミリアは立ち止まり、目を閉じた。立ち止まった瞬間に赤と黒に追い付かれ、エミリアは赤と黒にのまれて沈んでいく……
そしてエミリアは目を覚ました。
夢でよかったと、息を吐いた。そして皆を起こさないように気をつけながら、そっと細く窓を開ける。
外の空気はとても冷たくて澄んだ空気の匂いがした。もう冬はすぐそこまできている。
嫌な夢を見た。希望が全て握りつぶされるような恐ろしい夢だった。冷汗をかいていたのかネグリジェは濡れている。
アルトが戦地へ赴いてからエミリアを取り巻く環境は少しずつ悪い方向へ変化していった。エミリアは不安に押しつぶされないように毎日をこなしていく。
新聞記事や工場で聞く噂話。工場での仕事はとても忙しくなっていた。国営の武器を製造している工場が忙しくなるという意味をエミリアは誰に言われるもなく理解している。
時間はエミリアを確実に大人にしていく。いつまでも無知で幼い子どもではいられないのだ。
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