第三章 ホワイトスモーク
あの日のことは今でもよく思い出す。
真っ白な雪に染まる色たち。ホワイトスモークに包まれる僕の両親。
ミッドナイトブルーとイエローが永遠に失われた日のことを。
その日僕はいつも通り朝食を食べていた。僕の家は農家だったから食料には困っていなかったし、のどかな田舎だったから村のみんなは何もない田舎に攻撃しても意味がないからと、攻撃されないと思いこんでいたのだ。
―――その油断があの悲劇を招いたと今の僕なら痛いほどわかる。
僕は朝食を終えて、学校へ行った。
「母さん、いってきます」
「いってらっしゃい。アルト、今日はちゃんと勉強するのよ?」
「分かっているよ、母さん。大嫌いな先生の話もちゃんと聞くよ」
当時の僕は数学の先生が大嫌いでつい反抗的な態度をとってしまいがちだったから、前日母にそのことを怒られたからよく覚えている。
父は雪だらけの畑で保存食を取り出してくれていた。
「父さん、いってくるね」
「おおアルト。気をつけていけよ」
「今日は干し肉食べられる?」
「ああ、夕食で食べられるよ」
「やったー! いってきます」
父も母も、優しい笑顔で僕を送り出してくれた。
―――これが父と母と最期に交わした言葉になるとは思ってもいなかった。
ここから僕の記憶は所々霞んでいて全部は思い出せない。
数学の授業中、僕は眠たくてノートにミミズばかり書いていたら突然、サイレンが街中に鳴り響いた。この音は避難訓練で聞いた空襲が始まるときのサイレンだ。
「みなさん落ち着いて! 今からシェルターに入ります」
大嫌いな先生が慌てて僕たち生徒を誘導していく。僕の心臓はバクバクうるさかった。シェルターに生徒と先生の全員避難できた。シェルターの中でみんな不安そうだった。泣き出す子もいた。僕はいまいち現実を理解できていなくて、足元をジッと見ていた。
突然、大きな爆音が鳴った。みんな悲鳴を上げる。
「大丈夫、落ち着きなさい、ここは安全だから!」
誰かが叫んでいた。僕は鳴り響く爆音と隣にいる女の子の泣き声と誰かの悲鳴がずっと頭の中でぐるぐる回っていた。
一瞬、シェルターの隙間から強い閃光が見えた。その瞬間、爆音が僕たちの近くで響いた。学校に爆撃が当たったのだと、なんとなくわかった。
それからどのくらい時間がたったかわからないけれど、僕たちはシェルターから外に出た。村は酷い有様だった。半壊した学校には怪我人が多く運び込まれていた。
「ミナ!」
「お父さん!」
男の人が名前を呼んで僕らに向かってきた。僕の隣で泣いていた女の子は父親のもとへ駆け寄っていく。そして僕たちは「迎えがくる子ども」と「迎えがこない子ども」に分けられることになった。僕は後者だった。しばらく待っても迎えがこないから、僕は家に帰ることにした。
変わり果てた村をひとりで歩いた。
お父さんとお母さんは多分僕を迎えにいけない事情があったのだと。きっと、学校と反対側のシェルターに避難したのだと、思い込もうとした。
変わってしまった帰り道に壊れた家。真っ白だった雪がいろいろな色に染まっている。赤は血の色。青、紫、オレンジ、いろんなキレイな色たち。……ああ、これは魂の色だ。
倒れている人、動かない、死んでしまった。絵の具になった。戦争で殺された人たち。僕は助かった。……お父さんとお母さんは?
僕は不安な気持ちを押さえて家まで走った。両親は無事なのだと信じたかった。
家についた。僕の期待は裏切られたことがわかった。
壊れた家に真っ白な雪に倒れこむ人たち、こんなに寒いのに動く様子もない。周りの雪は赤とミッドナイトブルーとイエローに染まっていた。
「お父さん、お母さん……!」
僕は二人に駆け寄った。動かない、死んでいた。
「うわあああああ」
僕は泣き叫んだ。両親が死んでしまった、絵の具になってしまった。僕は独りぼっちになってしまった。
〇
この後に大嫌いな先生が僕を追いかけてきてくれた。泣いている僕を抱きしめてくれて、一緒に泣いてくれた。後日、ホワイトスモークの布に包まれた両親は燃える炎の中、小さな白い欠片になった。それから学校で怪我人の手当てやいろいろな手伝い等があり悲しむ暇もないほど慌ただしい毎日を送っていた。
そして先生の紹介で都会の孤児院に入ることになった。別れ際、先生が壊れた家から家族写真を見つけて渡してくれた。
「苦しい時代だけど、負けんなよ。親御さんたちの分まで生きろよ」
「……はい。先生、ありがとうございました」
最後に大嫌いだと思っていた先生が、本当は優しい先生だと知れてよかった。
僕は家族写真と両親の絵の具と、少しばかりの荷物を持って教会の孤児院に来た。
ここで僕は、永遠に失われたと思っていたミッドナイトブルーとイエローに再会した。
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