第二章 グリーンイエロー

 早朝、神父が教会に入ると熱心に祈りを捧げているエミリアがいた。

「朝から熱心ですね」

「あ、おはようございます。神父様」

「おはよう、エミリア。アルトのことを祈っていたのですか?」

「……はい」

 エミリアは不安気に笑った。アルトが戦地へ行く度に毎朝欠かさずエミリアは神に祈っていた。祈るエミリアにステンドグラスを通した朝日に照らされ、その姿はまさに天使のようだと神父は秘かに思っていた。

「大丈夫ですよ。アルトは貴方をとても大切に想っていますから。帰ってくると信じましょう」

「神父様……私はどうしても不安なのです。お兄ちゃんは高貴な魂を持っているから、美しい絵の具を欲しがった神様に連れていかれてしまうのではないかと……」

 神父の言葉に、エミリアはこらえていた涙が溢れてきた。

「ごめんなさい、神父様。みんな我慢しているのに、どうしても不安で涙が止まらなくて……お兄ちゃんが絵の具になってしまうのが怖くて……」

「エミリア……」

 神父は何も言わずに、いや何も言えずにエミリアを抱きしめた。親を亡くしたアルトとエミリアを育てた神父は二人を本当の子どものように思っている。いや、エミリアとアルトだけでなく、この孤児院の子どもたちをみな大切に思っている。

「私も祈ります、朝食までまだ時間がありますから。一緒にアルトの無事を祈りましょう」

「はい」

 神父とエミリアは神に祈った。

 神を象った像は朝日に照らされながら、祈る二人をただ見下ろしていた。


 〇


 朝食を食べたら、みんなで勤めにでかける。みんなって言うのは、孤児院にいるみんなね。お兄ちゃんも軍人になるまではこうして私たちと一緒に勤めに出ていたの。

「おはようございます、服に番号をつけたらすぐ作業に入ってください」

 白衣を着ている男の人が淡々と話す。私たちは大きな声で返事をして作業にはいる。

 私たちの勤めは国が経営する工場で鉄砲玉を作ること。ここでは服につけた番号で呼ばれる。私たちの名前なんていらないみたいで少し悲しい。

 前にお兄ちゃんが「教会の孤児が人殺しの道具を作るなんて」って言っていた。そのお兄ちゃんは今軍隊で人を殺す仕事をしている。優しいお兄ちゃんがそんな恐ろしいことをしているなんて今でも信じられないけれど、仕方がないんだって“あの顔”で言っていたから、私は何も言えなかった。

 ここでの勤めは大変だけど、お兄ちゃんも頑張っていると思えばいくらでも耐えられた。それに私たちは十八歳になったら孤児院を出ないといけない。それまでにお金を貯めてたくさん勉強しないと生きていけないからみんな頑張っているわ。

 それに暗いことばかりじゃないの、孤児院では楽しいことも沢山あるわ。神父様もシスターも私たちを心から愛してくれているから、寂しいことなんてないのよ。

 それにたまにお小遣いで自分の好きなものをひとつだけ買えるのが私の楽しみ。この前は、お兄ちゃんの髪と同じ色の、グリーンイエローのリボンを買ったの。そのリボンを結ぶ嬉しくてその日はずっとご機嫌でいられるの。お兄ちゃんが傍にいてくれるような気になれるから。

 お兄ちゃんが戦地に行ってから私は毎日、お兄ちゃんの無事を祈っている。朝と寝る前に、欠かさずに。

 私は大きな月に祈る。

 かみさま、どうかお願いします。アルトお兄ちゃんがケガをしませんように、お腹いっぱい食べられていますように、無事に帰ってきますように、……絵の具になりませんように。

 大好きな私のお兄ちゃん。私はお兄ちゃんが何色の絵の具になるかなんて想像もしたくないくらい、怯えていた。

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