第一話 ミッドナイトブルー
「お兄ちゃん、本当に行っちゃうの?」
エミリアは教会を出ようとするアルトの裾を掴んで言った。
「おーい、またエミリアの“行っちゃうの”が始まったぞ~」
周りの子どもたちが囃し立てた。エミリアがアルトを引き留めるのは毎度のことだ。
「だって、またお兄ちゃんが戦いに行っちゃうの、嫌なの!」
エミリアは涙をこらえながら大きな声で言う。顔は真っ赤で、今にも大粒の涙が零れてしまいそうだった。エミリアはアルトが大好きだ。だから危険な戦地になんて行ってほしくないのだ。そんなエミリアにアルトは微笑み、屈んで目線を合わせた。
「大丈夫だよ、エミリア。僕はちゃんと帰ってくるよ」
「本当に?」
「本当だよ。僕がエミリアに嘘ついたことある?」
「……ない」
アルトは微笑みながら優しくエミリアのイエローの髪を撫でた。そうするとエミリアの我慢していた大粒の涙はポロポロと零れてしまう。
「でしょう? だから僕の帰りを待っていて。僕は必ず帰るから」
「……わかった」
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、エミリアはアルトを見た。エミリアのミッドナイトブルーの瞳にアルトが写る。アルトの父と同じ、真夜中を閉じ込めたような優しいミッドナイトブルー。
「いってくるね、僕のリトルプリンセス」
アルトはエミリアの額にキスをして、教会を出発した。アルトは戦地に行く度に自分の為に泣いてくれる純真なエミリアを愛おしく思っていた。だからアルトはエミリアとの約束を必ず守る。アルトの帰る場所はエミリアのいるところだ。
〇
アルトとエミリアが出会ったのは教会に隣接している孤児院だ。10歳の時、両親を亡くしてからアルトはここで暮らしている。
エミリアがここに来たのはアルトが13歳の時。エミリアは8歳だった。
「アルト、今日から新しい女の子が入ってくるの。その子の面倒をアルトが見てくれないかしら?」
教会の窓から両親の絵の具と共に外を眺めていたアルトにシスターが申し訳なさそうに声をかけた。この頃のアルトは感情がなくなってしまい、誰と話すこともなくいつもひとりで両親の絵の具と共に窓の外を見ていた。
「……構いませんがシスター、女の子なら僕じゃない方がいいと思うのですが……」
この孤児院に来るのは親に捨てられたり死別したり、何かしら傷ついた子どもが来る。だから男の僕より同性の子の方が安心するのではないかとアルトは思ったが、シスターの安心した顔を見ると何も言えなかった。
「アルト、この子です」
シスターに手を引かれてきたその女の子の姿にアルトは驚いた。イエローの髪にミッドナイトブルーの瞳。両親の絵の具と同じ色だったのだ。シスターがこの子の面倒をアルトに頼んだ理由がわかった。
アルトは女の子に目線を合わせて微笑んだ。
「初めまして、僕はアルト。君は?」
「……エミリア」
「いい名前だね。よろしくね、エミリア」
エミリアは顔をあげた。イエローの髪が動き、ミッドナイトブルーの瞳にアルトが写った。とても懐かしい色たちでアルトの目に涙が零れてきた。
「どうしたの、お兄ちゃん」
エミリアが困ったようにアルトを見ている。シスターも黙って泣いていた。アルトはこの孤児院にきてやっと両親の死を泣くことが出来たのだ
エミリアと過ごすうちにアルトは表情と明るさを取り戻していった。アルトは面倒見の良さを発揮し、孤児院の子どもたちと仲良くなって楽しく暮らせるようになった。エミリアもアルトによく懐いた。そして多くの時を過ごし、二人はお互いかけがえのない存在になった。
そしてアルト十五歳エミリア十歳になった年、アルトは軍人となった。国の情勢が悪く、隣国との戦争が何年も続いていた。孤児が生きていく為には軍人となるしかなかったのだ。アルトは何度も戦地へ赴くようになり、その度にエミリアは熱心に神に祈るようになった。
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