第38話 アイコとルチア(My Pace Girl & Rifle Lady)
清宗院邸・応接間。
真理の部屋を飛び出したアイコは、螺旋階段を駆け下りて一階に降り立った。
紫村の指令を受け、強敵・真理を突破する打開策を探しに来たのである。
(もうっ! 武器庫なんかどこにあるっていうのよ! 見当もつかないわ!)
とりあえず辺りを見回すアイコ。
階段横の壁際には、泡を吹いた執事が倒れ込んでいる。
(
即決して執事を横切るアイコ。
執事の傍には毒の付いたバターナイフとスマホが落ちているが、真理にはマルヴォの粉が通用しなかった――これらもおそらく使い物にならないだろう。
(もっと何か……あからさまに強そうな武器はないのかしら……)
探索を続けるアイコ。
広間には壺やガラス細工など凶器になりそうな高級家具がいくつも飾られているが、
やはり
左右にはいくつかのドアが見えている。武器庫を探すしかない。
(そうね……まずは――)
アイコは手始めに、エリカが入っていった子供部屋を選択した。
広間の右奥へ足を進め、そのドアノブを捻る。
(おじゃましまーす)
その部屋の中は、家具とオモチャと掃除用具がひしめきあっていた。
中央に置かれているふたつの可愛いベッドは、どちらももぬけの殻。
――エリカは無事、子供たちを連れて逃げることが出来たようだ。
(よかったわ~)
それがわかっただけでもアイコにとっては収穫だった。
満足したアイコは、特に辺りを探るでもなく早々にドアをバタンと閉める。
(はい、次いきましょう!)
その後も、同じような
(は~、ちょっと休憩しよっと)
疲れてしまったアイコは、途中でたまたま発見したトイレの中へ入って鍵を閉めた。
怠慢行為――否。乙女は常に忙しいのである。
――ジャアアアアアアアア……
(ふう……)
アイコは用を足しながら、次の行動を考えた。
この階におそらく武器庫はない。
武器庫は二階か三階か、あるいは――
(外……)
しかし今から外を探索するのは、時間的にもリスクが高すぎる。
探しているあいだに紫村たちがやられてしまったら元も子もない。
(う~ん……)
そもそも、武器庫など本当にあるのだろうのか。
存在するかもわからない場所を、探すのは不毛ではないのだろうか。
(あーどうしよ~~~~)
便器に座りながら頭を抱えるアイコ。
あーでもない、こーでもない。
頭上に掛けられている時計の針は、その間もくるくると回り続けていた。
――ギイー、バタン。
アイコがもじもじと考えを巡らせていると、トイレの外で、突然物音がした。
(え……誰?)
扉が閉まる音だ。
大きな扉が閉まる音。部屋のドアーの音じゃない。
入口の扉が閉まる音――誰かがこの家に入ってきたのだ。
――コツ、コツ、コツ……
広間に鳴る足音が聴こえる。
誰かが戻ってきたのだろうか……。
その足音は一人分で、足取りは落ち着いている。
エリカが戻ってくるとは考えにくい。
(い、いったい誰なの……?)
アイコは、トイレのドアをそうっと開き、その隙間から外をちょっとだけ覗き込んだ。
「…………」
広間に居たのは、眼鏡を掛けた黒いビジネススーツの女。
(あ、あの
家に戻ってきたのは、屋敷の秘書『
先の庭園にて、マルヴォの睡眠弾によって犬小屋に眠らせたはずの若い女である。
(そんな!? まさか、目を覚ましたっていうの……?)
「…………」
確かにルチアは、強力な睡眠作用によって深い眠りに就いていた。
しかし、その周りで共に眠っていた十匹の番犬たちの獣臭と、庭師・華吹龍二の放つ強烈な死臭によって寝ながらに嗅覚を刺激され、たまらず意識を取り戻していたのである。
(な、なんでまた
「…………」
目覚めたルチアは、何者かに迎撃され侵入を許した現状を思い出し、裏庭にある武器庫からスペアの
そして、家の内部に侵入したであろう不審者を追い出すため、猟銃を構えてその首を探している次第であるのだ。
(やばい……! 殺される……!)
アイコは戦慄した。
庭で対峙したルチアは、同僚の華吹ですらも撃ち殺そうとするほど
か弱き乙女が太刀打ちできる相手ではない。
(と、とりあえずここに身を隠さないと……!)
アイコは、開けたトイレのドアの隙間を、音を立てないように、そうっと閉めようとした。
しかし次の瞬間、
――ジャアアアアアアアアアアアア……
「自動洗浄機能!?」
悪魔の音色が、アイコの居場所を広間に知らしめた。
「そこにいるのは誰ッ!?」
ルチアがアイコに銃を向けた。
アイコは自らが流した水の音に驚き、トイレのドアを全開にしている。
(お、終わった……あたしの人生……)
アイコは観念し、勢いよく両目を瞑った。
鳴り渡るであろう旅立ちの銃声を待つ。
便器を背にして迎える、人生の終わり。
こんなのあんまりだ。
でも、あたしらしいっちゃ、らしいかな。
(紫村、マルヴォ……ごめんなさい……)
「貴方は……メイドさんかしら?」
しかしルチアは、引き金を引かずに突然質問をぶつけた。
(え……?)
銃を構えながら、無表情でルチアは続ける。
「ごめんなさいね。私、侵入者に撃ち込まれた毒薬のせいで記憶が混乱しているの。貴方がメイドさんだったのかどうかも覚束ない……答えてくださらない?」
「あ、あたしはメイドです!!」
アイコは即答した。
「フ……そうよね。たしか、貴方みたいな年頃のメイドさんがいた気がするわ」
そう言ってルチアは銃を下ろした。
なんと、アイコをエリカと勘違いしているようだ。
「御用達中に失礼したわね。これから退勤かしら?」
「えっ? はっ、はい! そうなんです!」
エリカは通い勤務。一葉や二葉と違って住み込みのメイドではない。
つまり、退勤間際であればその服装が私服であっても違和感はない。
幸いにもトイレに居たということが、アイコの窮地を救ったのだ。
(よ、よくわかんないけど……助かった……?)
ルチアは、神経の乱れにより記憶の一部を混乱させていた。
後遺症。マルヴォお手製・特効睡眠粉の『第二の効能』である。
そのことについては、おそらく本人も気付いていない。
調味料として加えられた毒蜘蛛だけが、その真実を知っている。
「侵入者はどこにいるの? 早急に教えて頂戴」
ルチアは眼鏡を整えた。
侵入者の顔など覚えていないが、撃つ気は満々だ。
「え……? ええっとお……侵入者は……」
戸惑いの中で、アイコは閃いた。
(これはもしや……チャンスなのでは……?)
相手の現状に感付き、利用する。
「侵入者は、二階に居るオバサンです!」
「オ、オバサン……? オバサンが侵入者なの?」
「はい! そうなんですう~」
ぺこぺこと頷くアイコ。
「しかも、大柄でキャミソール姿の変質者です! はやくとっちめちゃってください!」
「大柄でキャミソール……とんだド変態ね。わかったわ。侵入者は二階にいるのね?」
ルチアは階段のほうを見上げた
総理の妻である真理の
(これは……いける!)
勝機を見出したアイコは、次々に嘘を重ね始めた。
「オバサンは二階に侵入しました! そしていま、総理と事務員がオバサンと交戦しております!」
「総理が!? なんですって!?」
ルチアは目の色を変え、すぐに足先を捻った。
広間の奥――螺旋階段へ向かって勢いよく走り出す。
「総理、今行きます!」
「あ、あたしもお伴いたします!」
アイコもその背中に続いた。
誤解が解けたら仲間が撃たれる――ルチアが真理を撃つまでは気が抜けない。
――タッ、タッ、タッ、タッ。
二人は階段へ急いだ。
しかし、階段横の壁際には、泡を吹いた執事が倒れている――
「
ルチアは足を止めて吠えだした。
その名前を間違えてはいるが、執事の存在は記憶にあるようだ。
(まずい! 執事を起こされたら嘘がばれちゃう!)
機転を利かせるアイコ。
「彼はオバサンにやられました! このままだと総理も危険です! 早く二階へ急ぎましょう!」
「くう~! おのれ侵入者めッ! 絶対に許さんぞッ!」
上階に向かって吠え猛るルチア。
「庭師の
ルチアは銃を携え、螺旋階段を駆け上がった。
「お願いします! 必ずやオバサンを討伐し、総理をお助けください!」
その後ろにアイコが続く。
演技中ではあるが、その表情がにやけてしまう。
(みんなお待たせ。武器、持って来たわよ)
そのとき紫村は――。
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