第39話 混沌の銃撃(Luciano shoots Bloody Mary)

「オラオラアッ!」


 ――バチーン!


「ぐはああああっ!」


「オラオラアッ!」


 ――バチーン!


「がはああああっ!」


「シムラアアアアッーーーー!」


 清宗邸二階・真理の部屋。

 リングに上がった紫村は、一矢も報いることなく真理の玩具と化していた。

 その中央で、ふらふらしながら往復ビンタを食らい続けている。


 ――バッチイイイイン!

 

「オラオラアッ! しっかりせんかーいッ!」


 ――バチンッ! バチンッ! バチンッ! バチンッ!


「ぐっはああああっ!」


「シムラアアアアッーーーー!!」


「しゃきっとせんかいやボケェッ! あんたみとうなヘタレがいっちゃんむかつくんじゃあっ!!」


 ――ベチンッ! ベチンッ! ベチンッ! ベチンッ!


「かっはああああっ!?」


 満身創痍の紫村。その顔は赤い。

 左右から交互に頬を叩かれ、血を吐き散らかしている。

 形として立ってはいるものの、その足さばきは泥酔状態の老人だ。

 殴られ始めてから既に五分が経過――意識はとっくにとびかけている。


「さっきの威勢はどうしたんじゃオラアッ!」

 容赦なく痛め付ける真理。

 大きな手の平で繰り出されるそれは、成人男性のグーパンチよりも遥かに重い殴打であった。


 ――べチンッ! バチンッ! ベチンッ! バチンッ!


(ア、アイコ……はやく来てくれ……)


 それでも紫村は、諦めていなかった。

 願いを託した仲間が戻ってくるまでは、倒れるわけにはいかない。

 もはや自分との戦いだ。相手の顔はすでに眼中にない。

 ただひたすらに、自らの闘志を絶やさんとするばかり――


(……ア、アイ、アイ……コ……アイ、アイ……コ……)


 結果、死にかけている。


「アイコッーーーー! はやく来てくれっーーーー!」

 救援を求めるマルヴォ。野太い悲鳴が部屋に轟く。

 床に仰向けとなった自分には、ただ叫び声を上げることしかできない。

「たすけてくれっーーーーーーーー!」


 ――ガチャ。


 その願いが届いたのか、背後の扉が開く音が、二人の耳に飛び込んだ。

(き、来た……!)

(た、助かった!)



「観念しろッ!! 侵入者めッ!!」


 部屋に駆け付けたのは、猟銃ライフルを構えた眼鏡秘書『羅木内ルチア』であった。



「なんや、ルチアやないかい」

 部下の到来に、真理は攻撃の手を休めた。

 

(あ、あいつは……秘書てき!?)

 振り返った紫村は、絶望で倒れかけた。

 頼みの綱が切れた瞬間である。


Ohオー Myマイ Jeasusジーザス

 マルヴォは終わったと思った。

 只でさえ絶体絶命の状況に、倒したはずの敵が増援として現れたのだ。

 もうどうしようもない。

(アイコはおそらく……あの銃で……くっ!?)

 流れ出る涙。あとは死を待つのみだ。


「総理ッ!! 大丈夫ですかッ!?」

 そんな仰向けの男に、ルチアが問いかけた。


(は? 総理……?)

 あっけにとられるマルヴォ。

(……オレの名前はマルヴォ=ロッシ。31歳。生まれはアメリカだ)

 死ぬ前に、自分のプロフィールを振り返る。

 自分は総理などではない。呼ばれるとしても大統領が妥当だ。

(……走馬燈ソラミミか?)

 きょとんと相手の顔を見つめていると、その背後から、もう一人の女が現れる。


(お待たせ!)

 アイコ、到着する。

 言われた通り、武器を連れてきました。


「アイコ……!」

 目を見開くマルヴォ。


(しっー!)

 駆け付けたアイコは人差し指を立て、口の中心に構えた。

 今の自分はエリカです。アイコではありません。


What happenedなにがおきているんだ......?)


(ど、どういうことだ……?)

 アイコを確認した紫村も、わけのわからぬままリングに倒れ伏した。


「なんやルチア? 今更なにしにきたんや?」

 紫村の身体に足を乗せる真理。

 右手で髪を掻き上げ、左手でキャミソールを「パンッ!」と引っ張り扇ぐ。

「あんたもう用なしやで」


「黙りなさい! 侵入者!」

 真理に銃口を向けるルチア。


「はあん? おまえ何をゆうとるんや?」

 顔をしかめる真理。

「持て余しとるんならそこに倒れとるネズミでも掃除しとけや」

 そう言ってマルヴォに指をさした。

 

「き、貴様アアアアッ! この期に及んで総理を愚弄するかアアアアッ!」

 ルチアは激昂し、その胸に狙いを定める。

「死で償え愚か者めええええッ!」


「はあん? おまえどうしたんや?」





 ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!





「グワアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 深夜に轟く銃声と咆哮。

 ルチアの放った実弾が、真理の分厚い胸筋を貫いた。


「な、なんでやねん!? お、おまえ何をしとるんや!?」

 血を吐きながらもツッコミを入れる真理。

 強靭な肉体と精神力でその場に立ち続ける。


「黙れッ! 変質者ッ! さっさと地獄に堕ちろ!」

 ルチアは言いながら、もう一発撃った。


「な、なんでやねええええええええええええええええん!?」


 撃ち抜かれた真理は、大量の血しぶきを上げて仰け反った。

 大きな地響きを鳴らし、ついにその床に倒れ込む。


(な、なんでや、ねん……――――)


 総理大臣の妻・清宗院真理の生涯は終わった。

 旦那の秘書に撃たれるという衝撃の幕切れ。


 享年59――否、60歳。

 実は今日、誕生日を迎えていた。


(な、なんでやねん……――――)

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