第34話 騒々しい食卓(Bad Manner Rally)

「やりますね。まさか恋人を撃ってしまうとは……驚きましたよ」

 笑みを浮かべた執事が前に歩いてきた。

 その表情にはまだ余裕があるようだ。

「どうやら骨の髄まで煙草を愛されているようですね。まさに汚物の極みと言っても差し支えはないでしょう」


「黙れ! 汚いのはお前のほうだ!」

 執事を睨みつける紫村。偶然とはいえ恋人を利用された怒りが込み上げる。


「しかし彼女のおかげで種がわかりましたよ。その拳銃、本物ではなく中身は睡眠薬のようですね」


「…………」

 紫村は、借りていた拳銃をマルヴォに返した。


「……動くな。手を上げろ」

 マルヴォは拳銃を構えた。


「種がわかってしまえば何も怖くありませんよ」

 執事はそう言うと、胸ポケットから奇術師のように布ナフキンを取り出した。

 それをスカーフの要領で口周りに巻き付け、まるで窃盗団のような風貌に早変わりしている。


手下メイドたちがやられては致し方ありません。誠に不本意ではありますが、ここからはわたくしが直にお相手させていただきます」

 さらには白い絹手袋を取り出し、慣れた手つきで両手にはめた。

 食事時のスタイルではあるが、ついに戦う覚悟を決めたようだ。


「上等だ。相手になろう」

 マルヴォは拳銃をしまい、両手を構えた。

 口を塞がれては粉を撃ち込めない――つまりは肉弾戦の構えだ。


「俺も加勢するぜ」

 紫村も両手を構えて前に出た。

 こんな汚い輩に容赦は要らない。


「あたしも応援するわ」

 アイコはサッと後ろに下がった。

 よくわからないがスマホを構えている。



「では、参りましょうか――」

 やがて戦いが始まった。

 執事は三人に詰め寄りながら、タキシードの内側に手を入れる。

「清宗院邸・執事『桐山 敬潤』29歳、たっぷりともてなして差し上げます」

 そして襟の間から、バターナイフを取り出した。


 バターナイフだ。

 バターを塗るときに使うナイフだ。

 パンを食べるときに使うやつだ。


 ――しかしその先端には、バターの代わりに致死性の毒が塗られている――


「行きますよ?」

 目を見開いた執事は、上下左右に身体を揺れ動かし始めた。

 その動きはまるで‶蚊〟――相手に太刀筋を読ませぬ立ち振る舞いだ。


「なんて小賢しい野郎なんだ!?」

 マルヴォは構えを乱した。

 対峙していながらも正々堂々と向かってこない相手は初めてだ。

 

「隙アリ――で、ございます」

 一瞬立ち止まった執事は、マルヴォの腹に向かってフェンシングのようにバターナイフを突き出した。


「ちぃっ!」

 対するマルヴォは身体を引いて攻撃をかわした。

 あまりにトリッキーな相手の動きに、その腕を掴み損ねる。


「傷口を狙うなんて汚いわよ!」

 後方から罵声を浴びせるアイコ。


「汚くなどございませんッ!」

 執事が過敏に反応した。

「相手の急所を突くのは戦いのセオリーでしょう? わたくしは出来るだけ穏便にコトを済ませたいだけなのです」

 喋りながらも次の隙を窺っている。


「いい加減にしろっ! このパン屑野郎っ!」

 その真横から、突然紫村が殴りかかった。


「おおっとお!」

 闘牛士のようにあっさりとかわす執事。

「真横から隙を狙うなんて汚いですね。さすがは喫煙者スモーカー、汚物の代表格!」


「うるせええええっ!」

 紫村は逆上し、次々に拳を繰り出した。

 紫村流秘伝奥義――‶猫拳法ねこぱんち

 その一打一打に腰は入っていないが、物凄い手数だ。


 しかし執事は、それらを軽々とかわしていく。

「なんて鈍くて浅い攻撃……運動は苦手なようですね。長年の喫煙が響いているのでは?」


「ハアッ! ハアッ! ハアッ! ハアッ! ハアッ!」

 その指摘は図星だった。

 紫村はすぐに息切れを起こし、腰を浮かせている。

(くそっ……体がついてこない……)




 しかし!

 紫村が腰をかがめて膝に手を付いたその瞬間、後方から奇跡の一手が繰り出された!




「くらえっー!」


 アイコがスマホをぶん投げた!

 それはアイコの究極奥義‶スマホ手裏剣〟――自らの個人情報を犠牲にして繰り出す乙女の最終手段――それほどの怒りを、アイコは執事に対して抱き、そして、解放したのである!

 投げ飛ばされたスマホは空を切り、敵の瞳を目掛けて飛んでいく――――


「エッ!? 何ですか!?」

 突然飛んで来た謎の物体に、執事の身体は固まった。

 投げられたものが‶何であるのか〟を把握するのにコンマ数秒を要し、対応を遅らせたのだ。

(スマホ? えっ? えっ? 電子機器? どうすれば?)

 慎重で几帳面――その性格が仇となる――アイコはそれを読み取って逆手に取り、見事に急所を突いたのだ。

「くっ……!?」

 避けること間に合わず、執事は右手をかざして攻撃を受けた。


 ――キンッ! カラカラカラッー! 


 スマホはバターナイフに直撃し、執事は武器を床に落とした。

「しまった!」


「今よっ!!」


「アイコ、よくやった」

 マルヴォは執事の首を掴んだ。

「ぐううううッ!?」

 そのまま走り出して室内を移動、その壁際にまで執事を追い込み、執事の身体をドカッと壁に打ち付ける。

「ぐはああああああッ!?」

「食事の時間だ。口を開けろ」

 マルヴォは三度みたび、拳銃を取り出した。そして、その銃口を、その口を覆うナフキンもろとも、その口の中へと勢いよく突っ込んだ。

「ンンンンッ! ンンッ! ンンンンンッ!」

 執事は口を詰められながらも、まだ何か言いたげな様子だ。


「この期に及んで尚も喋ろうとするその姿勢――お前、執事の鑑だな」


 マルヴォは引き金を引いた。



(総理……申し訳ありません――)


 口の中いっぱいに粉を撃ち込まれ、執事は昇天――気を失った。

 普段口にしている料理とはあまりにもかけ離れているその味を、心くまで堪能しました。

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