第31話 おてんばメイド(Run Run Maiden)
ドアの陰から「ばっ」と飛び出してきたのは、やはり背の低い子供だった。
小学校三年生くらいだろうか、黒いメイド服を着たゴスロリキュートな女の子――
「服飾担当、
「二葉ッ! 自己紹介はいい! はやくこの三人を片付けなさいッ!」
「アイアイサー!」
執事の指令を受けた二葉は、忍者のように中腰で駆けだした。男の子向けのアニメやクラスの男子に強い影響を受けているようだ。
「覚悟しろっ! 反逆者どもめっ!」
音を殺しながらも三人へ勢いよく向かっている。
「くそっ、また女の子かよ!」「やりづらくて敵わないわ!」
紫村とアイコは身体を避けた。
いくら敵とは言えど、小さい女の子と戦うなんてあり得ない。
そう。
いくら
(ちっ、そういう狙いか……)(なんて姑息な執事なの……?)
「隊長! 誰から仕留めましょう?」
駆けながら二葉は訊いた。
受けた執事が速やかに答える。
「まずは拳銃を持った男を片付けなさい」
「ラジャー!」
「――来いよ。お嬢ちゃん」
対するマルヴォは乗り気だった。
拳銃をポケットにしまい、迫り来る少女に向かって身体を構える。
(マルヴォ、相手は女の子だぞ!?)(痛めつけたらあたしが怒るわよ!)
(大丈夫だ、上手くやる。オレに任せてそこで待ってろ)
マルヴォは大人の顔を見せた。
「いくぞっ! 外国人めっ!」
二葉は小さな拳を構えた。
しかしその指の間には、三本の‶まち針〟が挟まっている。まるでメリケンサックの要領だ。
「アタシの鉄拳、うけてみろっ!」
「毒針か!?」
茶色く光るそれを、紫村は見逃さなかった。
先ほど出された紅茶にはおそらく毒が盛られていた――同様のものがこの針にも使いまわされている可能性は高い。
「マルヴォ、気を付けろ!」
「くらえー!」
「ぐわああああああああああああっ!」
遅かった。
マルヴォはあっさりと腹を殴られ、毒針に刺された。
「マルヴォ!?」
しかし……
(――この毒、即効性はないようだな)
マルヴォは悲鳴を上げたが、その場から動くことはなかった。
つまりそれは、演技であった。
「残念だったなお嬢ちゃん。その程度の攻撃じゃオレは倒せんよ」
「そんなばかなっ!? アタシの鉄拳が効いていないだと!?」
二葉は焦り出した。
相手の腹に拳を押し込み、刺した針をグイグイと押し込む。
「えいっ! えいっ! えいっ!」
「中年の体脂肪を舐めるな! その拳ではオレの
マルヴォは相手の手首を掴み、自分の腹から拳を遠ざけ針を抜いた。
「あっ、おい! やめろ!」
「まち針はそういう使い方をしてはダメだ! 学校で学び直せ!」
そして、全ての針を一本一本つまんで折った。
「ア、アタシのお手製ナックルがああああっ!?」
「さっさと寝床に帰るんだ! 今のお前の力ではオレを倒せない!」
マルヴォは威圧感を醸し出した。
なんとかして子供を追い返そうと試みる。
「くっそおおおおおおおおっ!」
二葉は、折れた針を地面に叩きつけた。
地団太を踏んでその場に留まっている。まだ帰る気はないようだ。
「なぜだあっ!? どうして勝てないんだあっ!?」
「案ずるな少女よ。そう悔しがる必要はない」
マルヴォは切り口を変え、教えを説き始めた。
「お前はまだ若い。今から経験を積めばもっと強くなれる――そしていずれ気が付くだろう――小手先で作った拳など、真の強者には通用しないと言うことをな――――」
「……お、おまえ……一体何者だ!?」
二葉は退き、そして訊いた。
未知との遭遇――その化け物の正体に迫る――。
「オレは……
マルヴォは答えた。
普段から毒物を嗜むマルヴォにとって、微量の毒など何の影響も及ばない。
地下道の下水から生み出した飲料水。
地下道に生えている水草から作り出した手製煙草。
調理した毒蜘蛛、ドブネズミ、盗んだ総菜、廃棄弁当――乱れに乱れた食生活。
禁煙法によって陥れられた境遇が、彼の身体に特殊な抗菌作用をもたらしていたのだ。
「す、すもーかー? ……な、なんなんだそれは!?」
またしても二葉は訊いた。
すもーかー。
それが強者たる所以なのか?
それが勝利への条件なのか?
未開の地への探求心が、二葉の好奇心を押さえられない!
「
マルヴォは、二葉の頭にそっと手の平を置いた。
「師匠……」
「さあ、巣に帰るがいい。良い子は寝る時間だ……」
優しい声で語りかけるマルヴォ。
マルヴォは壮大な小芝居を演出し、二葉をあやしたのだ。
「……寝る子は……育つ……」
二葉は、誰かから耳にした格言を呟いた。
この男に、今の自分では勝つことはできない――ならばどうするべきか。
(今は‶おねんね〟することこそが、勝利への第一歩なのではないだろうか――)
「二葉ッ! あやされるなッ! お前の主はこの私だッ!」
執事が手を添えて身を乗り出した。
相手を指さし、強烈に指示を与える。
「その男は敵だッ! はやく始末しろッ!」
(はっ……そうだった!)
「子ども扱いをするなッ! へんてこ外国人ッ!」
二葉は再び牙を向いた。
小さな拳をまた握り、マルヴォに向かって右ストレート――
「アタシは総理大臣に仕えるメイド戦士、二葉かえでだぞ!」
二葉は、マルヴォの腹を素手で殴った。
針の刺した箇所を、何度も何度も連打する。
「えいっ! このっ! くらえっ! やられろっ! たおれろっ!」
(……この子供、あの執事によって歪んだ教育を施されているようだな……)
マルヴォはサンドバッグ状態。
腹からは血も滲み始めている。
しかし効かない。微動だにしない。
「えいっ……! このっ……! やられろお……! たおれろお……!」
全力で腹を殴り続ける二葉。
諦めずに何度も拳を打ち込む。
「はっ……! はっ……! はっ……! はっ……!」
さすがに息を切らし始めた。
「は……はやくう~! はやくたおれろよお……!」
「そろそろ拳が痛んできたんじゃないのか?」
殴られながらマルヴォは言った。
目を瞑って首を横に振り、また大げさな話をする。
「オレの肉体は鋼のポロシャツによって守られている。生身の拳のほうがダメージが大きいはずだ」
「は、鋼のポロシャツなんか……この世にあるわけないだろうがあ……ば、ばかにするなよお~……はあ……はあ……」
「もうやめるんだ! その拳を、これ以上傷付けるな!」
「……!」
「その拳は、お洋服を縫うためにあるんだろ? 違うか?」
「…………」
「オレは汚い
「…………」
マルヴォの説得も虚しく、二葉は腹を殴り続ける。
しかしその威力は、もはや蚊が刺す程度にも及んでいなかった。
その様子を見ていた執事が、ついに撤退命令を下した。
「二葉、もう結構です。この者には我々のおもてなしが通用しないことがわかりました。下がりなさい」
「……た、隊長……アタシは……まだやれる……!」
息を切らしながらもやる気をアピールする二葉。
諦めずにぺちぺちと腹を殴り続けている。
「ここで逃げたら、女が廃る! アタシは服飾担当、二葉かえで――総理大臣に仕えるメイド戦士だぞ! 正義が負けるなんて、あり得ないんだ!」
「いいから下がりなさいッ! 子供は寝る時間ですよッ!」
執事は腕を振り上げた。
その顔には血管を浮き上がらせている。
「……怖ッ!」
怒られた二葉は、少し早い反抗期を迎える。
「ふざけんなよおっ!? アタシは隊長に呼ばれたから明日も学校あるのにわざわざ起きて着替えたんだぞおっ!? もし遅刻したらどうオトシマエつけてくれるんだあ!? ああ~ん!?」
「早く寝ろッ! お小遣いを没収されたいのかッ!?」
執事は憤慨し、足を床に踏みつけた。
二葉の月給は三万円。小学生では破格の額だ。
「ひいいいいっ!?」
ついに二葉は拳の向きを変え、部屋へと猛烈にダッシュした。
お小遣いを没収されたらお洋服を買えなくなる――それだけは絶対に避けたい。
綺麗なお洋服は最強無敵のステータス!
年頃の女の子は、とっても忙しいのである!
「お、おやすみなさいいいいっ~!」
かくして、二人目の
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