第28話 火器厳禁(Unlucky Sniper)

「ああっ!? ああ、ああ、熱いッ! あっちいいよおおおおオオオオ!!!!」


 あらぬ方向から飛んできた銃弾が、華吹の頬をかすめていた。



「馬鹿な!? 実弾だと!?」

 後方の茂みに飛び込む紫村。


「い、一体なんなのよ!?」

 アイコもマネして身を隠す。


「オレは撃ってないぞ!?」

 身の潔白を主張するマルヴォ。


「いいから身を隠せ!」

 三人は、背後の茂みに身を隠した。


「あっちいよおおおおオオオオ!!」

 前にいた華吹も、背後――犬小屋の裏にある池にドボンと飛び込んだ。

 周りで寝ていた犬たちも目を覚ますが、すぐに怯えた表情をして一斉に犬小屋へと潜り込む。


 池の向こうから歩いてきたのは、武器を従えた眼鏡の女――



「何やら騒がしいので来てみれば、案の定の有様ですね」


 秘書の羅木内らきうちルチア(30)だった。

 全身黒のビジネススーツで闇夜に扮し、その右腕には煙の吹いた猟銃ライフルを下げている。


「ルチアッ……! てめぇ、おれを狙ったのか……?」

 頬から流れ出る血を押さえ、池の中から抗議する華吹。


「いえいえ。ワタシが狙ったのはもちろん侵入者ですよ」

 ルチアは答えた。

「ただ、アナタがあまりにもぐずぐずしていて腹が立ったので手元を狂わせたのは事実です」


「なっ、なんだと!? この野郎アマ……!!」

 華吹は水面を波立たせた。

 怒りと痛みで顔を歪ませ、みるみると傷口が開ている。


「何ですかその顔は? もう一回撃ちますよ?」

 対するルチアも、眼鏡の裏から鋭い目付きを返した。

「侵入者が居るのならばなぜ早くに知らせないのです? 相変わらず無能ですね、なぜ総理はこのような低学歴を雇ってしまったのでしょうか、理解に苦しみます」


「てめぇっ! ぶっ殺すぞっ!!」

 逆上する華吹。

 立ち向かおうとするが、その反動でドボンとずっこける。

「だああっ!?」


「その身体で何が出来るのですか? 大人しくそこで『待て』。犬畜生め」


 ルチアは池を回り込み、紫村たちの隠れる茂みのほうへと足を進めた。




(何なの!? あの性格のわるそうな女は!?)

 茂みのアイコが呟いた。


(……今度ばかりは話になりそうにないな。こっちの存在も既にばれてる、ここは強引に突破するしかない……)

 ひそひそと口を合わせるマルヴォ。


(逃げるってことか? どの道あいつを処理しないと先は無さそうだぜ)

 紫村が冷静に囁いた。

 三人の隠れる茂みの前には、既に女が立っている。


「逮捕案件ですね。大人しく捕まってくれるのなら命だけは助かりますよ。早く姿を見せなさい」

 ルチアは銃を構えた。



(ねぇ、どうするの!?)


(どうするシムラ? お前が決めてくれ)


(敵は猟銃ライフルを持っている。ここは一旦相手に従おう)



 三人は両手を上げ、ゆっくりと茂みから立ち上がった。



「成程、計三名ですか。他にはいないようですね。今警察を呼びますのでしばらくお待ちください。動いたら殺すのでくれぐれもご注意を」


 ルチアはそう言うと、胸ポケットから携帯電話を取り出した。



(まずいぞシムラ! 警察に連絡されたらその瞬間にアウトだ! どうする?)


(黙れマルヴォ! 静かにしろ!)



「はい。今喋りましたね。なので、撃ちます」


 ルチアは紫村に銃を向け、狙いを定めた。



「きゃあああああっ!?」

 腰を抜かすアイコ。


「やばいっ! シムラ! 伏せろ!」

 しゃがみ込むマルヴォ。


「いや、その必要はない」

 紫村は立ち続け、左ポケットに手を入れた。

 次の瞬間、



「……!?」



「おれにまかせろやああああああああああああっーーーー!」

 ルチアの背後――池から飛び出してきた華吹が、ルチアの両腕に後ろから掴み掛かった。

「アナタ何をしているのっ!?」

 ルチアは羽交い絞めにされ、猟銃を地面に落とした。


「この屋敷に来たときからこのインテリババアは気に食わなかったんだ!」

 抵抗するルチアを押さえつける華吹。

 二人は同僚でありながらも、凄まじく仲が悪いようだ。

「はっ、早く離しなさいっ! この低学歴無能猿犬畜生……」

「うるせぇババア!」


 そして、正面の紫村に向かって叫んだ。

「おい喫煙者! その銃を拾ってこいつを撃ち殺せ!」



「ああ」

 受けた紫村は素早く姿勢を落とし、地面の猟銃に手を掛けた。


「だけど俺は撃たない。俺が殺すのは清宗院だけで十分だ」


 紫村はそのまま、ピッキングツールで猟銃の可動部をこじ開けた。

 解体し始めたのである。


「おい!? 何やってんだ!?」

 

 瞬く間に一部を分解した紫村は、いくつかのパーツを池にぶん投げた。

「火器厳禁だ。これでもう銃は使えない」



「馬鹿野郎!! ふざけんな!!」

 予想外だった紫村の行動に、華吹は騒ぎ立てた。

「早くこいつを殺せよ!! 何のために協力したと思ってんだ!?」



「安心しろ。オレが代わりに撃ってやる」

 その穴を埋めるように、マルヴォが前へ躍り出た。

 速やかに拳銃を取り出し、拘束されたルチアの口元に銃口を押し込む。


「ううっ!?」

 悪寒。吐き気を催すルチア。


「短い出番だったな。せめて安らかに眠ってくれ」

 マルヴォは引き金を引いた。

 今回ばかりは、その行為が遮られることはなかった。


「ぐうっ……」

 ルチアは粉を飲み込んだ。

 味覚が悲鳴を上げ、高性能の脳味噌が異常を察知する。

(ああ……やっぱりワタシは……事務仕事しか向いてない……)


 ルチアは泡を吹き、首を垂らして気絶した。

 命に別状はないだろうが、いつ目覚めるかはわからない。


You Are Geniusよくできました

 マルヴォは拳銃をしまった。

 


「クックック……ざまあみさらせえ……」

 満足したのか、華吹はほくそ笑んだ。気絶したルチアをそのまま抱え、ズルズルと地面を引きずる。

 そして、死体を隠すように犬小屋の中へと押し込んだ。

「ハア……ハア……ハア……ガハッ!」

 事を終えた華吹は吐血した。かなりの体力を消耗したようだ。

「……おれがしてやれるのは、ここまでだ……さっさと行けや……」

 そう言い終えると、地面に倒れかけた。


「華吹ッ!」

 紫村は思わず駆け寄った。

 あろうことか、血まみれの敵を両腕で抱きかかえる。

「おい! しっかりしろ!」


「…………」「…………」

 その愚行を、マルヴォとアイコは、後ろから静かに見守った。



※※※



 華吹の傷は深かった。

 頬からは大量の血が溢れ、まるで赤い仮面をつけているかのように顔面が染まっている。

「おれの負けだ……さっさと先に行ってくれ……」

「華吹……」

「ルチアを倒してくれてありがとうな……おれ、まじであいつのこと嫌いだったんだ……ハーバード大学を出たからっておれを散々見下しやがって……けどあの有様だ……くたばる前にいいモン見れたよ……本当に、本当に……あ、ありがとう」

「もういい……もう喋るな……」

「……いや、まだだ……まだひとつだけ……もうひとつだけ、最後に、言いたいことが、ある……」

 紫村の黄ばんだ歯を見た華吹は、最後の力を振り絞り、告白した。

「実はおれも……昔吸っていたんだ……」


 告げられた紫村は、思わず笑いを漏らした。

「フフ……そんなこと、お前のナリを見た瞬間に分かったよ。『こいつ、吸ってる』ってな」


「な、なんだと……?」


「だからマルヴォに撃つのを止めさせたんだ。お前は、『話せばわかる奴』だと思ったからな」


「シ、シムラ……」

 華吹は二筋の涙を流した。

 無色透明なはずのそれも、すぐに赤へと変わってしまう。


 拭うように目を伏せた華吹は、足元に落ちた電子煙草を見つめた。

「電子煙草か……もっと早くにこいつがあれば、おれの運命も変わっていたのかもしれねぇな……ガフッ!」


「まだ死ぬな、華吹! 今からでも運命は変えられる!」

 紫村は華吹を揺さぶった。

 運命は変えられる――共に清宗院を打ち破り、一緒に煙草を吸うことだって――


「……いや、だめなんだ。おれはあの火事以来、もう煙草が吸えない……煙草なんかもう二度と見たくもない……見たくもないのに、身体は求めちまう……その衝動を吐き出すように、おれはこの庭で喫煙者を殺し続けちまう哀れな機械人形なんだ……だから、喫煙者おまえの顔も、もう見たくない……」

「華吹……?」


「おれはやっぱり煙草が嫌いだ。……てめぇらみたいにはなれねぇよ――」

 華吹は目を閉じた。


「華吹……!? 華吹ッ! 華吹ィッーーーーーーーー!」



 真夜中の庭園に、紫村の叫び声が響き渡った。

 その名を呼ぶのは初めてのことであったが、同時に最後にもなった。


 時刻は、1時になっていた。




《Episode4 "Crazy Garden" Closed.》

(第四章‶狂気の箱庭〟終幕)

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