第26話 火傷の痕(Burn's Memory)
「まだ撃つなだと? どういうことだシムラ」
華吹の口に銃口を押し込みながらマルヴォが訊いた。
こいつは敵だ。ここで仕留めなければこちらがやられる。止められる理由はどこにも見当たらない。
「わからないんだ」
真剣な目をして紫村は言った。
「わからないだと……? 何がだ?」
「清宗院がそいつを雇っている理由がわからない」
「は……? どういう意味だ?」
マルヴォが怪訝な顔を見せると、紫村は、華吹の握る
「その刃先に付いた黒ずみを見てみろ。それって血の痕だろ? 多分そいつは本当に、ここで何人か既に殺している」
「たしかに……こいつは血痕だな」
マルヴォは華吹の腕を押さえ付けながら、鋏の刃を確認した。
「だが、それがどうした? 清宗院はこの国のトップだ。腕利きの殺し屋を雇っていても不思議じゃないだろ」
「いや、逆だマルヴォ」
突き返した紫村は、冷静な疑問をぶつけた。
「奴は仮にも総理大臣だ。そんなあからさまな殺人鬼を雇っているなんておかしいだろ」
「……何?」
「たしかに妙だわ……」
アイコも違和感に気付いた。
身を隠していた紫村の背中からひょっこりと顔を見せ、唇を触り出す。
「ボディーガードを雇うにしても、もっと柄の良い人がいるはずよ。なぜその人を採用したのか理解できないわ」
清宗院家の人事について苦言を呈するアイコ。華吹の見た目や喋り口調は、とてもじゃないが総理大臣に仕えるような器ではない。
「なんだか不自然だわ。一考に値するんじゃないかしら?」
「そんなこと知るか! 早くオレに引き金を引かせてくれよ!」
トドメの機会を何度も咎められたマルヴォは、ついに不満を爆発させた。
「その疑問を解き明かすことに何の意味がある!? 清宗院家の雇用環境や使用人の採用基準なんてこの際どうでもいいだろうが!! やれるときにやっとかないとこっちがやられるぞ!? トドメのチャンスを見逃してまでこいつと対話する必要があるのか!? ないだろ!?」
「いや、大アリだ」
紫村は即答した。
「ここは奴の自宅だぜ? 奴はわざわざ殺人鬼を
加えてアイコも同調する。
「奴の家に行く前に、知っておいて損はないかもね」
「だあ~わかった! わかったよ!」
しぶしぶ承諾するマルヴォ。
「おい、聞いたか!? お前が雇われている理由を答えろ!」
目を落とし、怒鳴り口調で相手に尋ねた。
「がふっ……! がふっ……!」
しかし華吹の口は拳銃で塞がれている。このままでは会話が成立しない。
「
またしてもトドメを見送るはめになったマルヴォ。銃口を口から抜き、ちょっとだけ離した。「ぷはっ! はあ……はあ……」
「さあ答えろ! お前が雇われている理由を言え!」
やけくそに質問をぶつけるが、やはりすんなりとは応じてくれない。
「そんなことてめぇらに話す筋合いはねぇよ!
華吹は横を向き、唾を吐き捨てた。
すると、その頬を見た紫村が、とっさに質問を投げつける。
「その火傷が関係しているのか?」
「……!!」
華吹は、核心を突かれたように目を見開いた。
そのまま息を殺して押し黙っている。
察した紫村は、えぐるように問いかけを続ける。
「その火傷はどこで負った? 教えてくれないか」
「うるせぇッ! 野暮なことを訊くんじゃねぇよ!」
大口開けて華吹は反発した。
しかし紫村も、諦めずに右ポケットへと手を伸ばす。
「……まさかコイツが原因か?」
紫村は思いきって煙草を取り出し、華吹の視線に押し付けた。
するとその瞬間、真夜中の庭に叫び声が轟いた。
「ガアアアアアアアアアアアアッ!?」
煙草を目にした華吹は、いきなり暴れ出した。
「頼むッ! 頼むッ! はやくそいつをしまってくれエエエエッ!」
目を瞑って首を振り乱し、まるで悪夢にうなされた狂犬のように悶え苦しんでいる。
「お前、過去に一体何があったんだ!?」
相手の異常な反応に、思わず前のめりになる紫村。
「何かあるんなら、今ここで全てを吐き出せ!!」
腕を突き出し、さらに煙草を見せつける。
「グオオオオエエエエッ!」
華吹は汚物を嘔吐した。
「ばっ、ばやくそいつをじまっでぐれええええっ!!!」
「全てを話しなさい! そしたらしまうから!」
アイコもここぞとばかりに言い放つ。
「全部話すんだ!! そうすれば楽になるぞ!!」
トドメを刺すように便乗するマルヴォ。
「わがっだ!! わがっだ!! ぜんぶばなすから!!!!」
華吹は観念した。
鼻と涙を出しながら、諦めたように手の平を見せている。
「おれの負けだ!! は、早く煙草をしまってくれ……」
「よし」
受けた紫村が煙草をしまうと、華吹はぐったりと動きを止めた。
伸し掛かっていたマルヴォもゆっくりと起き上がり、放心した相手から鋏を取り上げ、池に投げ捨てた。これでひとまず襲い掛かってくることはないだろう。
(ふう、なんとか乗り切ったか……)
そして三人は並び立ち、地面に倒れた相手の自供を待った。
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