第25話 庭園の殺人鬼(Crazy Gardener)

 雑多な品種の草花が、夜風を受けてザアッーと一斉に蠢いた。

 裏口から侵入した三人を出迎えたのは、溢れんばかりの植物だった。足元は専ら草っぱらで、塀の内側にはツタが張り付いており、左右前方には見上げるほど高い木々が立ち並んでいる。辺りが暗すぎて緑の色は確認できない。


「なんだここ……けもの道じゃないか……」


 紫村たちの入った箇所は、庭というよりも森に近かった。敷地が広すぎて手入れが行き届いていないのだろうか。


「この裏口は普段使われていないみたいだな」

 マルヴォが言った。

 扉をゆっくりと閉め、念のため鍵を掛けておく。

「侵入する側としては都合がいい。さすがは裏情報だけあるな」


 アイコがスマホを取り出し、情報屋から送られてきた敷地の地図を確認する。

「住居――清宗院の居る建物へ行くには、ここから北に向かって数100メートルよ。歩きましょう」

 アイコのナビを受け、三人は足を進めた。

 ぬかるんだ地面を踏みながら、だらしなく伸びた草や木枝を掻きわける。


「くそっ……かなり生い茂っているな……」

 先頭を歩く紫村。

 どれだけ慎重に動いても、ガサガサと物音を伴ってしまう。


「情報によれば、この庭園には番犬が潜んでいるわ。注意して進みましょう」

 紫村を盾に、二番手を行くアイコ。

 スマホのライトで足元を照らしている。


「ハッハッハ。ワンコロなんてオレにかかればイチコロさ」

 余裕綽々で続くマルヴォ。

「いざというときはオレに任せてくれ」

 後方を固める。

 

『グルルルルルウ……』

 さらにその背後を、既に黒い動物が歩いていた。



When Thereいつからそこに!?」

 振り向きざまに大声を出すマルヴォ。


「きゃあっ!」

 アイコ、同調する。


「ばかやろう! 大きな声を出すな!」

 すかさず紫村がなだめるが、もはや手遅れだった。



『ワンワンワンッ! ワンワンワンッ!』



「番犬に見つかった! とりあえず逃げるぞ!」

 慌てて走り出すマルヴォ。

「きゃあ!」「ちっ……!」

 押し出されるように前の二人も走り出す。


 やがて茂みを抜けると、草木が整った広い場所に出た。

 庭石で囲まれた立派な池と、ふさふさの芝生に格好良い盆栽……豪邸の庭らしい美しい手入れがなされているが、今の三人の目には留まらない。

 代わりにその目に飛び込んできたのは、木造の大きな犬小屋と、既にそこから飛び出している大勢の仲間たち。


「キャイイイインッ!」「ワオオオオンッ!」「あんあんあん!」「ワンワンワンッ!」「ガルルルルルルンッ!」「あんあん!」「バウ~!」「きゃいんっ!」「ガルルルルウッ!」「ワンッ! ワンッ!」「アオオオオオオオオオオンッ!」


 柴犬、シェパード、ビーグル、チワワ、シベリアンハスキー、ドーベルマン……中には愛らしい表情をしている者もいるが、一心不乱に吠えまくっている。


「くそっ! 囲まれた!?」

 足を止める紫村。大量の番犬に逃げ道を塞がれた。

 襲い掛かってくる様子はないが、誰かを呼び込む勢いでとにかく吠え散らかしている。


「まずいわ……人が来る前に早く逃げましょう!」

 左右を見回し、抜け道を探すアイコ。

 しかし、時は既に遅かった――



「てめぇら、何者だ?」


 前方の犬小屋から、一人の人間が顔を出した。



「きゃあっ!?」

 突如現れた男に驚き、紫村の背中に隠れるアイコ。

 思わずライトを相手に向ける。

「なんで犬小屋に人がいるの!?」


 対する男はむっくりと身を起こし、でかい図体をあらわにしていく。

 小屋を出て立ち上がると、周りの犬たちがぴたりと鳴くのをやめた。

「あ~、おまえらは眠ってろ。あとはおれがやる」

 寝ぼけ眼を鋭くこちらに向けたのは、庭師・華吹かぶき 龍二りゅうじ。26歳。

 背の高い図体にでかめの作業着、頭にタオルを巻いている。

 頬には大きな火傷のような痕があり、非常に攻撃的な顔付きだ。


「てめぇら侵入者だな。待ってな、いま殺してやっから」


 華吹はそう言うと、小屋の中から持ち手の長い刃物を取り出した。

 現れたのは‶はさみの片割れ〟――枝を切るときなどに使う刈り込み鋏を分解して凶器にしたものだった。


「ちっ……」

 身構える紫村。出されたエモノに嫌でも釘付けだ。

 鋏の刃には人血のような黒ずみが付着している。

 侵入してからわずか数分、早くも厄介な展開になってしまった。


「そこでじっとしててな、すぐ埋めてやっから」

 挨拶代わりに華吹は言った。

 ふらつきながらこちらに近付いてきている。


「埋めるだと……?」

 

「おうよ。この庭にはてめぇらみたいな侵入者の死体をいっぱい埋めてあるんだ。てめぇらもすぐ仲間に入れてやっから、動くなよ」

 目を見開いて華吹が言った。

 受けた三人は、当然にそれを無視する。


「下がれシムラ、アイコ。騒がれる前にオレが片付ける」

 慌てた表情から一変、二人を遮るようにマルヴォが前へ出た。

 拳銃エアガンをするりと取り出し、相手に向ける。


「なんだ? ハジキか?」

 眉をひそめる華吹。

 

「ああ、本物だ。とりあえず武器を捨てろ」

 マルヴォは脅しをかけた。

 銃の中身は自作の毒の粉――実弾ではないが、相手の口元に撃ち込めれば結果に大差はないはずだ。

 

 しかし華吹は臆することなく、刃先をペロリと舐めている。

「これはおれの商売道具だ。武器をもってるのはてめぇだけだぜ」

 そして唾を吐いた。

「てめぇが捨てろや。木偶の坊」


「――死にたいようだな。いいだろう」


 受けたマルヴォは目を凝らし、相手の口元に照準を合わせた。

 それでも相手は、さらに挑発を重ねる。


「クク……そんなもんでびびる根性は持ち合わせてねぇんだ。わりぃな」


「うん。それがお前の最期の言葉だ」


 マルヴォは引き金を引いた。

 撃ち出された毒の塊が、相手の口元を目掛けて飛翔する。


 しかしその標的は、紙一重で下側に失せた――――。


「死に晒せエエエエッ!」

 低姿勢による回避。かがんだ華吹は、刃を向けて襲い掛かった。

 趣味であるバードウォッチングによって鍛え上げた動体視力を活かしてマルヴォの一撃を見事にかわし、一瞬にして攻めに転じたのである。

「まだまだ喋らせてもらうぜエエエエッ!」

 華吹は鋏の刃を槍のように構えて突っ込み、マルヴォの腹に向かって突き出した。


「やれやれ、うるさい野郎だ」

 しかし、動体視力の高さは柔道経験者であるマルヴォにも同様であった。

 正面の機敏な動きに対する反応は、現役時代の身体が覚えている。

「大振りな動作だな。スロー再生か?」

 マルヴォは、迫り来る鋏の柄の部分を「ガッ」と掴んだ。

「がっ!?」

 まるで急ブレーキの掛かった車のように、鋏と華吹は動きを止めた。


「オレが大木にでも見えたか? 残念ながら動物だ。すまんな」


 マルヴォはそのまま鋏を振り上げ、弧を描きながら地面に叩きつけた。

 その間、ジェットコースターにしがみつくように商売道具を握り締めていた華吹は、やはり地面に叩きつけられた。「ぐがああっ!?」

 そしてマルヴォはすぐさま相手の身体に馬乗りになって押さえ込み、銃口を口に押し込んだ。

「今度こそ、それがお前の最期の言葉だ」


「ワンワンワンワンワンッ!」「アッオオオオン!」「キャインキャインッ!」「アンアンアンッ!」「ガルルルルウウンッ!」「アアアアアアアッーーーン!」

 オーケストラのように騒ぎだす犬たち。ご主人のピンチに躍起になっている。


「寝てろ、わんころ共! 今は夜だぞ!」

 マルヴォは華吹の口から一旦銃口を取り出し、大急ぎで吠え散らかす犬たちの口内に向けてエアガンをババババッと並列に撃ち放った。


「くうううん……」(×10)

 撃ち込まれた犬たちは、粉を味わい眠りに落ちた。

 あまりの不味さに神経を狂わせ、全員がその場に座り込んでいる。


「動物にも効き目があるのか……万能だな」

 自作のコナを自画自賛するマルヴォ。

 言いながら銃口を手元に引き戻し、華吹の口へと再び押し込んだ。「がっふううう……」

「三度目の正直、それがお前の最期の言葉だ」

 そして引き金に手を掛けるが、ここで再び待ったが掛かる――



「待て、マルヴォ。まだそいつを撃つな」


 その声の主は、後ろで見ていた紫村なかまだった。


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