第24話 反逆の夜(Rebellion Night)

 曇天の夜。

 月が再び顔を出し、ビル街の闇を仄暗い灯りが覆う――――


 東京都・霞が関。

 国会議事堂を有する永田町に隣接した都市であり、官公庁をはじめとした高層のシルバービルディング群が立ち並ぶ、日本政治および経済の中心地である。


 その都市部から少し外れたところに、緑色の巨大な楕円エリアが存在する。

 森ではない。敷地である。

 巨大な庭園と西洋風の住居を孕んだ、現総理大臣の牙城――‶清宗院邸〟。


 内部をぐるりと囲む鉄壁の塀。

 その西側にある小さな入り口に、三人の喫煙者たちが向かっていた。

 清宗院、及び社会に対する反逆心、そして煙草とライターを内に秘め、彼らは静かに忍び寄る。

 時刻は深夜0時。ビル群が照らすわずかな光こそあれど、その周辺はやはり暗い。

 闇に乗じた甲斐もあってか、そこまでは何事もなく辿り着くことが出来た。

 無論、彼らの長い道のりはそのあとだ。

 

 第一として、‶庭園の突破〟。


 第二として、‶住居への侵入〟。


 そして第三として、‶清宗院和正の暗殺〟。


 簡単ではない。待ち受ける困難の数は想像以上。無謀とも言えるだろう。

 それでも彼らは、最後まで足を止めることはない。

 身体が求めているからだ。

 勝利の一服。その一本を吸うために。

 自分たちの居場所を、取り戻すためだけに。 


 

 

※※※




 入り口となる扉の前で、三人は早速足を止めていた。


「なんだこの扉は……」

「気味が悪いわね……」


 マルヴォとアイコが口にした。

 計画段階の思惑とは裏腹に、目の前にある大豪邸の入り口は、裏口と言えどあまりにも簡素なものだった。

 木造の小さな扉。鍵こそ掛けられてはいるようだが、辺りに監視カメラや警報機などは見当たらず、拳ひとつでぶち壊せてしまいそうなとても単純な佇まい。総理大臣の私邸にしてはあまりにも不用心だ。


「なるほど……これが奴の‶心構えもてなし〟か」

 後ろで紫村が呟いた。


「どういうことだ?」

 マルヴォが訊くと、紫村は前に出てピッキングツールを取り出した。


「国のトップに立つ以上、見て見ぬふりはしないということさ」


 害虫捕獲機的思考回路。

 侵入者を追い返すのではなく、あえて中へと受け入れ、逃がすことなく確実に仕留める。反乱分子を野放しにせず、足首掴んで引きずり込んで、自らの動きやすい領域で、徹底的に排除する。それがまさしく、清宗院和正の、敵に対する‶心構えおもてなし〟。

 そんな相手の思考を紐解くように、紫村は両手を操り続ける――


 カチリ。


「開いたぜ」


 時間にしてわずかに数秒だった。



「もう開いたのか?」


「ああ、あまりにも簡単すぎる。不気味だ」


 開錠を終えた紫村の両手は、まるで蜘蛛の網に捕らわれたかのような感覚に囚われていた。


「この牙城……一筋縄ではいかないかもな」


 ピッキングツールをポケットにしまう紫村。

 自分の最期を脳裏に見たのか、その手で無意識に煙草を取り出してしまう。


「おい、ここはもう敵地だぞ。さっき散々吸ってきただろうが」

 すかさず止めに入るマルヴォ。

 敵地での喫煙は厳禁だ。匂いや煙で自らの首を絞めてしまう。


「はあ……はあ……はあ……」

 紫村は弱気になっていた。

 確かに先ほど煙草は吸ってきた。しかし自分たちはもってせいぜい一時間。

 長きに渡るであろうこの夜を、たったの一時間で制覇することが出来るのだろうか――。


「とりあえずこれで我慢しなさい」

 見兼ねたアイコが、ポケットからキャンディーを一粒取り出した。

 レモン味。


「……すまない」

 煙草をしまい、キャンディーを頬張る紫村。

 本当はコーラ味かメロンソーダ味が良かったが、口を沈ませるにはこの際なんでもいい。

 

「目的を忘れるな。奴を殺して喫煙環境を取り戻せば、また気兼ねなく吸うことが出来るはずだ。それまではぐっとこらえよう」

 同様にキャンディーを受け取るマルヴォ。言いながらにして自らにも不安は残っている。


「そうよ、本末転倒はごめんだわ。転ばずに最後まで走りましょう」

 アイコが扉に手を掛けた。

 なんとかしてこの夜を乗り越えましょう。

(いいえ)

「たとえ転んだとしても、誰かが手を差し伸べる――」

 アイコは扉を開いた。

 大丈夫。

 仲間がいる。

 協力してがんばりましょう。


「ああ、行こう」

 三人は足を踏み出した。

 総理大臣・私邸――清宗院の敷地へと忍び込む。

 深夜0時。東京都・霞が関。反逆の夜が始まった。


 


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