第四章 狂気の箱庭
第23話 その命を燃やせ(Light Fire)
東京都渋谷区・マンホール下。
アジトの部屋に戻った三人は、テーブルを囲んで食事を取っていた。
そこらに放置されていたポテトチップスやカップ麺をつまみながら、やはり煙草を吸っている。煙草と食品の相性は言わずもがな最悪だが、一流のスモーカーには関係ない。ジャンクを並べた食卓の名目は、いちおう作戦会議であった。
「清宗院邸の情報が出たわ」
スマホをいじるアイコ。
海外の情報屋が運営する裏サイトから早速返信を貰った。スマホをテーブルに置き、煙草を片手にその情報を読み上げていく。
「まずは屋敷の概要ね。清宗院邸は、霞が関の郊外にある大豪邸よ。巨大な庭園と三階建ての住居で構成されていて、敷地の広さは3000坪。そのほとんどが庭で、その奥に住居がある。住居の一階が応接間と給仕係の部屋、二階が妻の部屋とリビング、そして三階が清宗院の書斎と寝室になっているわ」
「つまり、住居の三階へ行って清宗院の寝込みを襲えばいいわけだな」
ざっくりと話をまとめるマルヴォ。
「……まあ、不測の事態がなければそういうことになるわ」
しぶしぶ相槌を打つアイコ。
一生懸命喋ったのに、一言で片付けるなんてひどい……。
「潜入ルートはあるのか?」
紫村が訊いた。
「そうね……屋敷の周りは塀で囲まれていて、入口は正面玄関の他に『西側の裏口』があるわ。ここから入るのが一番ローリスクね」
「なるほどな。鍵開けは俺に任せてくれ」
ピッキングツールを取り出す紫村。
「監視カメラの
エアガンを取り出すマルヴォ。
「……頼もしいわね」
蓋をするように相槌を打つアイコ。とりあえず話を続けます。
「この西口から敷地に入って庭園を抜ければ
「家の鍵開けも俺に任せろ」
ピッキングツールを見せつける紫村。
「監視カメラの類はオレがなんとかしよう」
力こぶを披露するマルヴォ。
(……大丈夫かしら……)
アイコは先行きに不安を覚えた。どんな解決策でも口で言うだけなら簡単だ。
「……まあ、潜入については要所要所で機転を利かせてがんばりましょう」
話を片付けたアイコは、煙草を灰皿へと捨てた。
しかしすぐに二本目に火を点ける。次の議題に移ります。
「ここからが重要! 屋敷に仕える要注意人物たちの情報よ」
「要注意人物? 清宗院のボディガードってことか?」
「う~ん……ボディガードと言うよりは、屋敷に勤めている人々ね。でも、わざわざ裏情報として送られてきたわけだから、おそらく只者じゃない。とりあえず読み上げるわね」
アイコはそう言うと、送られてきた人物たちのリストを一遍に読み上げた。
「清宗院邸の要注意人物は大きく分けて四人。一人目は、庭師の『
「おいおい! そんなにいるのかよ!?」
飲んでいた水を噴きこぼす紫村。
そんなに一気に覚えられるわけない。
「‶大きく分けて四人〟とか‶および〇〇〟とかやめろよ! 犬まで混ざってるじゃねぇか!」
「だってそう書いてあるんだもん! しょうがないじゃん!」
アイコ、反発する。
「しかもやばそうな名前ばっかだな……。なんで妻までリストアップされてるんだ? 危険人物なのか?」
「知らないわよ!」
なぜか喧嘩腰になる二人。
見兼ねたマルヴォが、割り込むように話をまとめる。
「――とにかく、そいつらをいちいち相手にしてたら夜が明けてしまう。なんとかバレずに清宗院の部屋へたどり着くしかないようだな」
「つまりそういうこと。はい、これで受け取った情報は以上よ」
スマホを閉じるアイコ。
「さて、あとは自分たちで考えましょう」
煙草を持ち替え、再び話を切り出した。
「――で、肝心の‶殺害方法〟はどうするの? あたしまだ何も聞いてないんだけど」
「……そういえば何も考えてなかったな」
真顔で答えるマルヴォ。
‶とにかく相手を打ち取る〟という感情だけでここまで話を進めてきた。具体的な方法はまだ決めていない。
(刺殺……銃殺……だめだ、どれも派手すぎるな)
頭を捻るが、すぐに首を横に振る。
掲げる目標は‶暗殺〟だ。出来るだけ隠密な犯行を心掛けたい。
「シムラ……お前たしか、『100円ライターで総理大臣を倒す』とか言っていたよな? 何か具体的な策はあるのか?」
マルヴォはふと思い出し、紫村に尋ねた。
「燃やす」
黒い目をして紫村は答えた。
「……燃やすだと……? 焼死させるということか?」
血の気を引かせてマルヴォが訊いた。
どんな秘策が飛び出すかと思いきや、ただ単に燃やすなんて愚策にもほどがある。
しかし相手の表情はいたって真剣だ。
「ああ。
紫村は100円ライターを手に取ってシュッと灯した。
血走りながら火を見つめている。冗談ではないようだ。
「なんなら家ごと燃やしてやるよ。奴の財産を灰に変えてやる」
意気込むように紫村は言った。
「それ、いいかもね……。ナイフやピストルじゃ味気ないわ」
アイコ、同調する。
大胆不敵な
「アンビリーバブル……めちゃくちゃだな……」
頭を搔き始めるマルヴォ。
「――だが、証拠も残りにくいし、意外と合理的かもしれない……アリだな」
しかし感化されたのか、あっさりと合意。
火遊びは男の象徴――ワイルド・ロマンだ。
「となると、ガソリンの類が必要か? 単に火を点けるだけじゃ燃えがいまいちだろ?」
そうマルヴォが問いかけると、
「いや、その点はたぶん問題ない。お前が寄こしたコイツがあればな」
紫村はポケットに手を伸ばし、
「何?」
マルヴォから譲り受けた‶消臭スプレー〟を取り出した。
「この‶ファフニール〟には可燃成分が含まれている。ラベルの表示に間違いがなければな」
「可燃成分……? 引火するってことか?」
「ああ。コイツを奴の衣服に吹きかけてライターをかざせば、奴は一瞬で燃え上がる…………はず」
「え、そうなの?」
きょとんと驚くアイコ。
ネックレスとして身に付けていたそれを思わず手に取った。
(最近の雑貨って恐ろしいわ……)
「消臭スプレーをガソリン代わりにするわけか……。一見馬鹿げているが、いちおう筋は通っているな」
「だろ? 火遊びは俺たちの得意分野だ。上手くいくかどうかはともかく、面白いと思うぜ」
少年のような瞳で紫村は言った。
「確かに……オレたちらしい方法だな……」
マルヴォは納得した。
心配性を払拭し、紫村の思い付きを大胆にも採用――
「いっちょやってみるか!」
「男の子の発想ね……でも、嫌いじゃないわ」
アイコも同調した。
もはや理屈じゃない。そうよ、人生は風まかせ。感情の赴くままに――
「思いっきり燃やしてやりましょう!!」
作戦会議の末、三人の考えはひとつの方法に行きついた。
総理大臣の
「よし、二時間だけ仮眠を取ろう」
長丁場を見越したマルヴォは、睡眠時間を設けた。
「そして終電で霞が関へ行き、0時から作戦開始だ。いいな?」
控えているのは大仕事、出来るだけ万全で臨みたい。
「了解」
目を閉じる紫村。
火を消すように床へと倒れ込む。
「おやすみなさい」
目を閉じるアイコ。
電源を落とすようにソファーへと倒れ込む。
「
祈りながら、マルヴォはライトの灯りを消した。
かくして三人は、束の間の眠りに就いた。
瞳の裏で、既に炎を燃やしながら――。
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