第22話 ありつけた同盟(Winning Smoke)

「賛同に感謝する。表の仕事はお前に預けたぞ」


「ええ、任せて! 私が必ず『禁煙法』を撤廃させてみせる! 明日から早速準備を進めることにするわ!」


 有賀は、芯のある声で三人に宣言した。

 内に秘めていた目標を取り戻し、政治家としての火を再び灯した瞬間である。



「よし。これであとは清宗院を殺すだけだな」


 窓に浮かぶ月を見つめる紫村。

 夜をまたぐかのような長い交渉の末、ついに有賀と同盟を結ぶことができた。

 禁煙法撤廃の確約が手に入り、いよいよ暗殺計画を実行に移す段階だ。


「ついでだが、有賀モネ。奴の情報を俺たちにくれ。奴はいま、どこに住んでいる?」

 先の展開を見据えた紫村は、清宗院の居場所を訊いた。

 同じ議員である有賀であれば、そのくらいは知っているはずだ。


 

「清宗院は、霞が関の郊外にある‶私邸〟に住んでいるわ」


 お安い御用といわんばかりに有賀が答えた。

 清宗院は、総理官邸ではなく自宅に住んでいるようだ。

「大きな庭とプール付き、広さ3000坪の敷地を誇る大豪邸よ」

 しかも、かなりでかい。


「……3000坪ってどのくらいだ?」

 またしても紫村は訊いた。

 つぼだの平米へいべいだの不動産関係の知識なんてからっきしだ。


「そうね……。縦100メートル、横100メートル。サッカーグラウンドをちょっと大きくした感じよ」

 ざっくりと説明する有賀。


「なるほど。かなりでかいな」

 意外とわかりやすかったのか、真顔で頷く紫村。


「ちょっと待ってて。いま住所を書いてあげるから――」

 有賀はデスクの上のメモ紙に、ペンで住所を書き始めた。

 さらにその下に、一行の長い英文字をすらすらと書き連ねている。

「はいこれ。住所と、裏サイトのURLよ」


「裏サイト?」


「ええ。海外の情報屋が運営している裏情報サイトよ。‶清宗院邸〟の内部情報をここで聞いてみるといいわ。料金はあらかじめ私が振り込んでおくから」


 有賀は淡々と口にした。三人の計画にかなり協力的なようだ。

 三人にとっては非常にありがたい一手間ひとてま――これが同盟の力である。


「ありがとう。有効に使わせてもらうわ」

 メモ紙を受け取るアイコ。

 スマホを持っているのはあたしだけ――情報担当、アイコです。


「ちなみに今日の彼は休日だから、おそらく自宅にいるはずよ」

 さらなる情報を漏らす有賀。

 そして、意味深い声で三人に意見を述べる。

「貴方たちさえよければ、今夜中に決行してもいいかもね」



「……!」

 表情を強める紫村。

 今夜の内に暗殺の決行――煙草の摂取さえ挟めば体力的には可能だが

――随分話の早い展開だ。

「どうする……? マルヴォ」

 たまらず隣に意見を求める。


「そうだな……。奴の周りには常にボディーガードが付いている。白昼に公の場で狙うよりも、真夜中に自宅のプライベートタイムを襲ったほうがまだやりやすいかもしれない……アリだな」

 前向きな表情でマルヴォは答えた。


「あたしもいけるわ」

 アイコも乗り気のようだ。

 女の子だけど、(煙草さえ吸えれば)まだまだ元気。

 鉄は熱いうちに打てって言うし、もうこのままいっちゃいましょう!


「よし、じゃあ今夜中にやらかすか」

 不敵な笑みを浮かべる紫村。

 私邸への襲撃――有賀の提案を採用することにした。


「清宗院は隙のない男よ。貴方たちがどんなに器用に立ち回っても全てに対応してくるわ」

 やる気を見せた三人に対し、有賀は真剣な顔で忠告を加えた。

「それに、彼の自宅には一流の側近が何人も潜んでいるはずよ。くれぐれも気を付けて」


「フフ、心配するな。必ず奴を殺してお前の力を復権させてやる」


「そうね……彼が消えてくれたら嫌煙派の勢力は一気に落ちるだろうし、かなりやりやすくなることは確かだわ。でももはや、アイツが生きていようが関係ない。例え貴方たちが失敗したとしても、私は私のやり方で、この世の中を変えて見せるわ!」

 強い口調で有賀が告げた。精力的に撤廃運動を働くつもりだ。


「ああ、その言葉が聞ければ十分だ」

 紫村が言った。

「表の仕事は任せたぞ」

 マルヴォが言った。

「いずれまた会いましょう」

 アイコが言った。

 三人は有賀に背を向けた。


 去り際の三人に対し、有賀は引き止めるかのようにもう一度口を開いた。

「……正直な話、あんな男の為に貴方たちが手を汚すことはないと思うわ。本当にやるつもりなの?」


「ああ、俺たちはやる。やらねぇと気が済まねぇんだ――」

 

 感情をぶちまける紫村。

 一度でも喫煙者の居場所を奪った清宗院に手加減は必要ない。

 覚悟を決めた男の、一方的な殺害宣言。


 するとその言葉に感化されたのか、床に倒れていた男たちが、おもむろに目を覚まし始めた。


「ワタシ、オウエンシマス……!」

 失禁済みの切裂き魔・ジャックンが声を絞った。

 自分自身も喫煙者であるため、応援しない理由はない。


「頼む……ボス……いや、俺達のためにも……煙草社会を取り戻して見せてくれ……」

 血を拭いながらジョンスカも同調した。

 禁煙法が無くなれば、自分も極道の世界から足を洗うキッカケになるだろう。


「ボクからもお願いさせてもらうよ……」

 玄関から顔を出したフレッキーも言った。

 ……帰りの飛行機に間に合わなかったようだ。


「みなさん、がんばってください……」

 トイレから顔を出したロロロも言った。

 下痢が収まったようだ。



「ああ! 任せとけ!」


 右手を掲げる紫村。

 見送る有賀と雲に隠れた月を背に、三人は走り出した。

 時刻は九時をまたぐ頃――撤退の時間である!




※※※




 紫村たちは、禁煙法撤廃の確約を取り付け、有賀モネの部屋を去った。

 足早に廊下を移動し、エレベーターに飛び乗り、何事もなくロビーへ戻る。

 そして颯爽とホテルから抜け出すや否や、少し離れた河川敷へと移動する。


「はあ……危なかった」

 煙草を口に突っ込む紫村。震わせながら火を点ける。

 ようやくこの瞬間にありつけた。限界は既に超えていた。

 

「なんとか間に合ったわね……」

 煙草を燻らせるアイコ。安心したのか、ぺたっと地べたに座り込む。

 あと数分遅れていたら、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。


「そうだな。何はともあれ、これで前提条件は整った」

 三本同時に火を点けるマルヴォ。

 勝利の一服。どれだけこの時を待ちわびたか。

 しかし、まだ戦いは終わらない。計画は次の段階へと移る。

「一旦アジトに戻り、休憩がてら作戦会議を行おう。そして今日の深夜――霞が関にある‶清宗院邸〟に忍び込み、奴を暗殺する。それでいいな?」


「ああ」

 煙を吐き出す紫村。

 一本吸えれば、体力は全快だ。


「アイコは裏サイトにアクセスして内部情報を調べといてくれ」


「了解」

 携帯灰皿を取り出すアイコ。

 ポイ捨ては致しません。


「えらい!」





 かくして、夜は更けていった。

 暗闇に紛れた三人がアジトへと戻っていく。決行はその後の深夜。

 雲に隠れたはずの月も、再び顔を出す機会を窺っている。



《Episode3 "Pretends to be the devil , Gabriel" Closed.》

(第三章‶天使は悪魔のふりをする〟終幕)

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