第21話 核心と本心(True Mind)

「貴方たちの狙いは一体なんなの?」


 チェアーを回して有賀が咎めた。仲間をやられて逃げ場を失い、紫村たちと向き合わざるを得なくなったのだ。

 その表情は曇っており、早く帰ってくれと言わんばかりのようであった。

 しかし三人は怯むこともなく、じわりと有賀へ歩み寄る。


「オレたちの目的は、『禁煙法の撤廃』だ」

 ここぞとばかりに、マルヴォが話の核心に入った。

「オレたちは、清宗院和正を暗殺さつがいし、法律の抹殺を目的としている。――協力してくれないか?」

 洗いざらいを吐き出すマルヴォ。紳士的な態度で説得を試みる。


「まさか……冗談でしょ?」

 有賀は神妙な顔をした。

 総理大臣の暗殺なんてあまりにも馬鹿げている。


「いや、オレたちは本気だ」

 真剣な面持ちで話を続けるマルヴォ。

「勿論お前には、暗殺計画のほうではなく、事後に法律の撤廃運動を働いてほしいと思ってここへ来た。つまり、奴が消えた後に議会で『撤廃案』を訴えてもらいたい」


「……残念だけど、私にはもうそんな発言権チカラは残っていないわ」

 目を逸らしながら有賀は答えた。

 禁煙法に反発した過去を持つ以上、耳を貸す者はなかなかいない。


「そんなことはない。お前の発信力があれば、十分に実現可能だとオレは思うぞ」

 相手の目を見てマルヴォが伝えた。

 国会中継で目にした有賀の堂々たる主張の数々は、禁煙法を打ち破る為の十分な有効打に成り得ると判断している。

「だからお前に会いに来た」

 マルヴォは政治家としての有賀を買っており、惚れ込んだ部分もあるからこそ、彼女に役割を託そうと決めたのだ。利用するつもりはない。

「もっと自分を信じてみろ。お前は出来る女なんだ」

 急に上から目線になるマルヴォ。不器用の極みである。


「知ったふうな口を聞かないで!」


 有賀はデスクの上のパソコンを払い落とした。

 そしていきなり席から立ち上がり、感情的な言葉を放つ。


「国を変えるには権力が必要なのよ!」


 過去に弾かれた経験から、有賀は権力に飢えていた。

 どんなに巧みに主張を述べても、強大な権力の前では簡単に塗りつぶされてしまうからだ。


権力それを得るためにはお金が要るの! 貧乏人が何を言っても誰も賛同しないわ! 自分の意見をまかり通すには、有り余るほどのお金が要るのよ!」


 有賀は権力を得るために、煙草を使って金を得ていた。

 そうでもしなければ、国会議員という自分の立場を維持することが出来なかったからだ。

 有賀もまた、喫煙者の成れの果て。

 有賀は自分を維持するために、尚も煙草にすがっていたのだ。


「それでも私は、絶対にアイツに勝てない!!」

 パソコンを踏みつける有賀。


 清宗院が纏う権力パワーは、それほどに凄まじいものだった。

 言うなれば大衆の権化。彼の背中には大量の多数派人間マジョリティが潜んでいる。

 紡がれるその主張も、知識と技術と経験をもってして圧倒的な説得力を伴っている。

 正論に次ぐ正論。そして、煙草に対する暴力的なまでの嫌悪。

 そのふたつが見事に化学反応を巻き起こし、『禁煙法』はあっとう間にで可決された――――


 否、有賀ひとりを除いては。


「今の世の中を変えることなんてできない!!」


 有賀は叫んだ。


「私は嫌煙側ダークサイドに堕ちた魔物オンナよ! 清宗院アイツが発案した『禁煙法ルール』に反対したせいで、私の信頼にんきは地に落ちたわ! 私がこの先生きていく為には、アイツが創り出した社会に染まって行くしかないのよ!」



「――それは違うわ。あなたは逃げているだけよ」


 アイコが返した。

 それまで黙って話を聞いていたが、ここで行きます。言わせてもらいます。


「あなたは大衆ひとびとを恐れて社会げんじつと戦うことから逃げているのよ。自分の主張いいたいことがあるにもかかわらず、それを捻じ曲げてこの世にすがっているだけの哀れなオンナなの」

 諭すように淡々と相手に畳み掛けるアイコ。

 そしてすかさず決めゼリフ!

「どちらにせよ、あなたは煙草を手放せない。あたしたちに賛同するしか道はないのよ」

 もう一声!

「だってあなたは、あたしと同じ喫煙者にんげんだから――」


「……!!」

 言葉を飲み込む有賀。

 アイコの放った説法が、その心に突き刺さっている。


(決まったわ……)

 アイコ、満足する。

 今思ったこと、全部吐き出してやったわ。



「アイコの言う通りだ」


 紫村、便乗する。

 前に出て一気に攻め込んだ。

 

「お前も煙草が好きなんだろ? だったら胸を張って吸えばいい。お前だってそういう意見を主張していたんじゃないのか? そういう社会を目指していたんじゃないのか?」


「くうっ……!!」


 核心を突かれ、胸を抑え込む有賀。

 感情が入り混じり、が口から飛び出そうになっている。


「回りくどいことやってないで、自分が望む事をやれよ」

 紫村は言った。


「自分の信じる道を行け」

 もう一度言った。


「自分の気持ちを捻じ曲げるな。自分が言いたいことを言え」

 さらに畳み掛けた。


「そして、煙草が吸える社会を、もう一度俺たちに与えてくれ」


 最後に紫村は媚びた。

‶俺は煙草が吸いたいだけなんだ。だからお前の力を貸してくれ〟

 そんな力のこもった、生粋の喫煙者からのメッセージ――


「有賀モネ! 俺たちと手を結べ! 煙草社会を取り戻す!」



 それを受けた有賀は、鏡を見るように三人の顔を見た。



「私の……やりたいこと……?」


 相手を見つめたまま、過去を振り返り、自分を見つめ直す。


(私は――――)


 脇に置いたキャリーケースに目を配り、吸っていた頃を思い出す。


(煙草を――――)


 やがて涙を浮かべると、『自分の気持ち』を吐き出した。



「私は、煙草を吸いたい! 私も、煙草を吸いたい!」



 それを目にした三人は、頷くように笑顔を返した。

(そうだ、それでいい)

(そう、それでいいのよ)

(俺たちは喫煙者。どこまで行っても同じだよ)



「協力する――協力するわ。私は、貴方たちに、協力します!」


 凛とした笑顔を取り戻す有賀。

 四人の利害が、一致した。

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