第20話 ロロロと窓の月(Low Light)

 有賀が繰り出した四人の部下のうち、二人が倒れ、一人が帰った。


 最後に残ったのは…………





 ロロロ。



 ロロロだ。




「…………」




 ロロロは、ロシアで育った。

 

 若い。13歳だ。


 幼い頃から窃盗を働き、国を追い出されて日本にやってきた。


 それがロロロだ。








 ロロロです。



 有賀さんに雇われました。



 煙草の回収、やってます。



 廃棄された煙草を集める仕事です。



 自販機の下とか、ゴミ山とか、漁れば意外に出てきます。



 見つけて拾って、有賀さんに渡します。



 一箱拾うと、有賀さんから100円もらえます。



 未開封しんぴんだと、もう300円もらえます。



 ご飯は無償ただでもらえます。



 割のいい仕事です。


 

 唐揚げ弁当、おいしいです。



 いつもありがとう、有賀さん。



 ロロロでした。





 




 ロロロだ。









 ロロロは、背が低い。



 身体も弱い。


 

 頭も良くない。



 恋愛経験ZERO。



 友達はいるけど、しばらく会っていない。



 蟹座。



 好きな食べ物:カレー。



 好きなアニメは、『まじかるにゃん子』。



 日本大好き、ロロロです。






「最後はお前か……」

 両手を構えるマルヴォ。

 残された一人は見るからに非力だったが、手を抜くわけにはいかない。


「手短に済ませてちょうだいね」

 スマホを構えるアイコ。

 十倍返しで対応します。


「どうした? かかってこいよ」

 ポケットに手を入れる紫村。

 相手がどんな手段を使おうが、まったく負ける気がしない。



「あわわわわ……」


 対するロロロは、震えていた。


 目の前には三人の怖い大人がいる。


 後輩ジャックンを投げ飛ばしたアメリカ人マルヴォと、


 同期フレッキーを国に帰らせたお姉さんアイコと、


 先輩ジョンスカ半殺しボッコボコにした若造シムラ


 正直、勝てる気がしない。

 自分一人の力では、どうすることも出来ない。

 もちろん、有賀さんにも頼れない。

 だって彼女を、守る立場だから――――



 やらなきゃ。


 ボクがやらくちゃ。


 ボクが有賀さんを、守らなくっちゃ――



 ……でも、できない。


 逃げたい。


 帰りたい。


 お腹痛い。



「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ロロロはトイレに駆け込んだ。

 勢いよく扉を閉めて鍵を掛け、自分だけの世界に入り込む。

 そして、泣きながら下痢をし始めた。

 何度もレバーで水を流し、何とかお茶を濁そうとしている。

 激しい水の音だけが、虚しく室内に響き渡る。


 ――ジャアアアアアア……。


 ――ジャアアアアアア……。


 ――ジャアアアアアア……。


 繰り返される流水音は、事実上の降伏宣言――。

 部屋の最奥でその音を聞いていたデスクの有賀も、広げていたノートパソコンを、そっと閉じた。


「私の負けよ」


 有賀はロロロの行為を受け入れ、凛とした顔で負けを認めた。

 自らが繰り出した四人の部下は、紫村たちの前に全員敗北を喫したのである。



「これで面倒は片付いたな」

 デスクのほうへ振り返るマルヴォ。

 戦いは終わったが、まだ話は付いていない。

 有賀を味方に取り込めなければ、ここへ来た意味が何もない。


「やっと本題に入れるわね……」

 肩を揉みながら、アイコも有賀のほうを見る。

 またちょっとお腹が空いてきたけれど、今のままでは帰れない。


「さあ、話の続きをしようぜ」

 紫村は有賀の顔を見た。

 勝利の時まであと一歩――――


 有賀の後ろ側、窓の外に見える月が、雲に覆われ始めている。

 時刻は、八時五十分――体内のニコチンが切れるまであと十分のところにまで迫っている。


「は……早くこの夜を、終わらせるぞ……」

 紫村の瞳が光を失い始めた。

 死神の到来。

 紫村の限界は、とっくに夜を超えていた。

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