第19話 紫村VSジョンスカ(※暴力描写あり)
「さて、あと二人か」
相手を眺めながらマルヴォが言った。
部屋に残る敵は残り二名……長身の男と短身の男だ。
「シムラ、任せたぞ」
「よろしくね」
戦いを終えたアイコも後ろに下がった。
「ようやく俺の番だな。行かせてもらうぜ」
受けた紫村がゆっくりと前に出る。
「で、俺の相手はどっちだ?」
するとそれに応じるかの如く、長身の男がサングラスを投げ捨てた。
「俺だ」
渋い声と表情をもって現れたのは、『吉田ジョンスカ』。34歳。
この用心棒チームのリーダーであり、有賀モネから最も信頼を受けている男だ。 スラリとした長身に、ポマードで固めたポンパドールヘアーと、ケモノのような鋭い目付き。頬に大きな傷があり、まるで極道のような顔付きをしている。
「覚悟しろよ、若造」
ジョンスカは日本とイタリアのハーフであり、身寄りのない捨て子として北九州にある海辺の孤児院ですくすくと育っていたにもかかわらず小学校を中退。やがて祖国を飛び出し、東洋の殺し屋となって七つの国を渡った後に日本に帰化して有賀に就いた。
その時給はなんと三万円。
用心棒の他、主要業務である密輸入――煙草の運び屋として働いている重罪人であり、自身も一日に12箱以上を消費するほどの
「俺達は
ジョンスカが言葉を発すると、周囲の空気が無酸素状態に突入したかの如く途端に重苦しくなった。その喋りは滑らかではあるが、身の毛もよだつ耳触りだ。
「俺が負けたら、大人しくこの場から退こう。ただしお前が負けたら、風呂場で首を吊って死ね。いいな?」
表情を変えずにジョンスカが紫村へ告げた。
その条件は明らかに不平等――ほとんど釣り合っていない。
「いいぜ、望むところだ」
しかし紫村は、あっさりとその要求を呑んだ。
なぜならば、どんな勝負でも必ず勝つ自信があるからだ。
勿論、根拠はない。あるのは自信だけ。
自身を貫き通す力は、誰にも負ける気がしない。
これまでもそうやって生きてきたし、これからもそう生きるつもりだ。
死ぬつもりなんか毛頭ない。
「で、何で勝負するんだ?」
紫村は訊いた。
「それはお前が決めろ。公平を期すために、お題はお前が決めていい。それで間違いなく条件は対等だ」
「なるほどな……」
ジョンスカの強引な提案に心から納得する紫村。
浅はかさを超越した無鉄砲の鑑である。
(さて、どうするか――)
紫村はお題を考えた。
考えてはみたが、自分が特別得意な種目は特にない。
運動は嫌いだし、頭もずる賢いだけだ。
自分が有利に立てるお題は、まったくもって見当たらない。
いくら悩んでも答えはなかった。答えが「出ない」のではなく、元から「存在」しないのだ。
紫村の得意分野は、ない。
(よし、きーめた)
そんな紫村が選んだ種目は、実にシンプルなものだった。
「ジャンケンでどうだ」
「馬鹿な……ジャンケンだと?」
ジョンスカは耳を疑った。
「お前、気は確かか? 負けたら死ぬんだぞ? そんな運任せなゲームで自分の生死を決めるハラなのか?」
しかしそのあと笑いを漏らした。
「――面白い。ガキの遊びでタマの取り合いなんて洒落てやがるぜ。そのお題、採用してやる。『ジャンケン』で勝負だ」
「そりゃどうも」
ほほ笑み返す紫村。
命を賭けたジャンケン対決――負けたら死ぬのは自分だけ――どうやら
「ちょっと待てシムラ。相手の言う通りだ」
すかさずマルヴォが止めに入った。
「ジャンケンなんて生き死にを決めるゲームじゃない。本当にそれでいいのか?」
「ああ」
あっけらかんと答える紫村。
(……もしかしてお前、相手が出す手がわかるのか?)
口を塞いでコソコソと喋るマルヴォ。
「いや、わからねぇ」
でかい声で紫村は答えた。
「Oh My Goodness......とんだ馬鹿野郎を仲間に入れちまったようだ」
マルヴォは頭を抱えた。なんてこったい。
紫村との会話もこれで最後になるかもしれないなんて、本当に馬鹿げてる。
「アイコ、お前からも何か言ってやってくれ……」
「馬鹿に付ける薬はないわ。以上」
アイコ、即答する。
おばかさんには何を言っても無駄よ。諦めなさい。
(なんて冷たい
さばさばしたアイコの態度にショックを受けるマルヴォ。
「人生なんて運さ」
そんなマルヴォを諭すように紫村は言った。
「どれだけ器用に生きていたって死ぬときは簡単に死ぬ。だから積み重ねることに意味なんてないし、積み重ねないことにも勿論意味がない。意味がないんだ、人生なんて。全部運さ」
意味不明な持論を展開する紫村。
「しかしだな……」
尚も止めようとするマルヴォ。
やっぱりジャンケンで負けたら死ぬなんてどう考えてもおかしいよ。
「何か……もっと何か、勝算のある選択はできないのか……?」
じりじりと紫村に詰め寄るマルヴォ。どうかもう一度考え直して欲しい。
対する紫村は、唾を吐くようにこう返した。
「どうせ俺が勝つ。黙って見ていろ、マルヴォ」
紫村はマルヴォを睨みつけた。
その目付きは凄みのある傾斜角――社会に歯向かう虎の目だ。
俺たちは同志。
目的は忘れない。
俺を信じてそこで見ていろ。
「
マルヴォはようやく口を閉じた。
得も言えぬ紫村の眼差しに、微かな勝算の光を見出した。
一歩を引き、黙って紫村の行く末を見守ることにする。
「若造よ、念のため『ジャンケン』のルールを確認させてもらう。ルールを捻じ曲げられたら元も子もないからな」
ジョンスカが紫村の前に躍り出た。
そして、言うまでもないことをハキハキと喋り出す。
「『ジャンケンは、グー、チョキ、パーの三種類を使って勝ち負けを決めるゲームであり、グーはチョキに強く、チョキはパーに強く、パーはグーに強い』これで間違いはないな?」
「ああ。かまわねぇ」
紫村、承諾する。
ジョンスカとの間にジャンケン文化の違いはなかった。
「前置きはいいから、さっさとやろうぜ」
ジャケットを脱ぎ捨て、右腕をまくる。
やる気満々だ。
「生きのいいサカナだな。久しぶりに楽しめそうだ」
スーツを脱ぎ捨て、右腕をまくるジョンスカ。
「さあ、始めるぞ」
ジョンスカは右手を出した。
「おう。‶最初はグー〟な」
紫村も右手を出した。
やがて二人は、拳を握る。
「最初はグー」
そして、泣く子も黙る二人の
空気が凍り付き、居合わせた全員がふたつの拳を見つめる――――
「ジャンケン、ポン!」
中央に振り出されたふたつの拳は、一切の駆け引きが行われる間もなく、いとも簡単に決着を迎えた――――
ジョンスカはパーを出し、紫村はグーを出した。
つまり、紫村は負けた。
(よし、勝った……!)
ジョンスカは思った。
(よし、勝った!)
紫村も思った。
「これでお前の負けだ。約束通り、風呂場で首を吊って死ね」
ジョンスカは言った。
「うるせぇよ」
紫村は、グーを突き動かしてジョンスカの脇腹をぶん殴り、左手のチョキで両目を潰してもう一度脇腹をぶん殴り、交互に裏拳をかましてジョンスカの頬骨をぶん殴り、パーで髪の毛を掴んで鼻に膝蹴りをかまして最後に股間を蹴り上げた。
「×××××ッ!?」
その動作のひとつひとつは非力ではあったものの、次々と弱点を突く手際の良さには一切の隙が無かった。その反対に、あらゆる隙という隙を不意に突かれまくったジョンスカは、成す術もなくされるがままにボッコボコにされ、あっという間に無残な姿で床に倒れて悶えて吐いた。「かっはあああっ……!」
「ルールなんて守ったほうが負けなんだよ。
(くそっ…………そういう‶ルール〟だったのか…………)
「俺がお題に決めたのは『ジャンケン』じゃなくてただの『喧嘩』さ。喧嘩のルールは『なんでもアリ』だ。もちろん、嘘を付くこともな。ジャンケンに生死を預ける馬鹿なんてこの世にいねぇよ。つまり俺の勝ちでいいよな?」
紫村が密かに選んだお題は、ただの喧嘩だった。
(……俺がやっていたのは『ジャンケン』じゃなかった……。これはただの『喧嘩』だったんだ…………くそっ、やられた……!)
ジョンスカは床を見つめながら、心の底から負けを認めて血を吐いた。
これで残るは、たったの一人。
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