第18話 アイコ、拡散する。(※性描写あり)
「次はあたしがやるわ」
二番手に名乗り出たのはアイコだった。
優雅に髪を払い、脚を静かに前に出す。
「いいのか? 二人目は俺がやってもいいが……」
右横から問いかける紫村。
「男の子の戦い方はうるさすぎるわ。これ以上音を立てるとまずいんじゃないの?」
前を見ながらアイコが言った。
「ム……たしかに」
マルヴォは納得した。左手には失禁した男が倒れている。
ジャックンを背負い投げたせいで、下の階に大きな音が響いてしまった。この部屋は21階――下にはパーティー会場がある。片付けをしている従業員に駆けつけられるとこちらのほうが分が悪い。ここは一旦、アイコに一任してみよう。
「しょうがねぇな。行儀のいいやり方、勉強させてもらうぜ」
ポケットに手を入れる紫村。出番は次までお預けだ。
「ええ。あたしならもっとスマートに人を狩れるわ」
悪魔のような笑みを見せるアイコ。
その視線の先には、既に一人の
「クックックックック……」
フレッキー=ララパーク。26歳、国籍フランス。
三か月前にモネの部下として雇われた中堅フリーター。インターネット限定で販売されている有料求人広告誌『テラ☆バイト』を見て応募したクチだ。広告の仕事内容には「政治家事務所の雑用」と書かれていたが、ふたを開けてれば
「あなた、
アイコが言った。
目の前に立つフレッキーの顔面は、サングラス付きでもわかるくらいに美形であった。シュッとした輪郭に、高い鼻筋と薄い唇。歯並び良好、髪も清潔、お肌もつるつるで、髭や毛穴も一切見えない。身長こそやや低めで服のサイズも合っていないが、顔周りだけはやたらと高水準に整っている。
「クックック……ありがと~」
フレッキーは笑顔で返した。怪しいが日本語を喋れるようだ。
褒められると満足そうに自分の素肌を確かめている。
「でもあなた、整形してるわね」
「エ……?」
「それも一回や二回じゃない。一体いくらかかったの?」
アイコが畳み掛けて口にした。
不自然に整い過ぎているフレッキーの顔面に、恐れることなく整形疑惑をふっかけたのだ。
「チガウッ! ボクは元からイケメンだ!
猛反発するフレッキー。身振り手振りで自分を大きく見せている。
「無理しないでちょうだい。あなた、女でしょ?」
アイコの審美眼は、フレッキーの真実を即座に見抜いた。
美容に詳しいアイコの前では、偽りの仮面などすぐに剝がされる。
「ガガガッ!? チガウ、チャウネン! アタシ、オトコヤネン!!」
なぜか大阪弁を駆使するフレッキー。一人称も定まらず、激しく動揺している。
「なぜ嘘をつくのかしら? 男らしさのかけらもないわね。あなた女でしょ? 素直に認めなさいよ!」
アイコは相手を指さしてプレッシャーをかけた。
本当のことを言いなさいよ!
「チガアアアアウッ!! チャウネエエエエンッ!! アタシハ、イケメンナンダアアアアッーーーー!!!!」
興奮したフレッキーは、両手を広げてアイコに襲い掛かった。
屁っ放り腰なその体勢は、傍から見れば明らかなウーマンスタイル――――
「ウリャアアアアッ!」
フレッキー=ララポートは、女としてこの世に生を受けた。
裕福な貴族の家庭に生まれ、美人な母親と男前な父親に育てられてきた。俗にいう‶お嬢様〟だ。なに不自由のない暮らしと、見るからに明るい約束された将来が生まれた時から約束されていた。
しかし発育期になり鏡を与えられると、自分の顔を強く意識し始める。自分の容姿が、両親と比べてひどく地味であることに気が付いたのだ。
美男美女の両親と比較されがちだったフレッキーは、次第に自分の容姿に対するコンプレックスを募らせていった。そして両親が仕事で外出しているあいだに金を持ち出して美容整形を繰り返し、日を増すごとに見違えるほどの美人へと生まれ変わっていったのである。
やがてフレッキーは、家を追い出された。
日に日に変貌を遂げていく顔面と貯金残高を怪しまれ、高校卒業前に両親に勘当されてしまったのだ。
最愛の両親に見捨てられたフレッキーは自分を見失い、不安感から更なる美貌を求めていった。垢ぬけた容姿のおかげで生きていくには困らなかったが、フレッキーが自らの容姿に満足することはなかった。より美しくなれば世界中の人々から無条件で愛されるという思い込みが、彼女の変身願望をどんどん強めていったのだ。
やがてフレッキーは、『男に好かれたければ美女になり、女に好かれたければ美男子になり、両方から好かれたければ両方であれば良い』という謎の理念の元、胸や股間を付けたり外したりして性転換を繰り返し、最終的には男になった。
いや、女なのか?
男なのか?
わからない。
誰から見ても覚束ないほどに、フレッキーの性別と性格は難解なものであった。
「
アイコはポケットからスマホを取り出し、流れるような動きで迫り来る相手を激写した。
「キャアアアッ!?」
眩く光ったフラッシュライトに反応し、フレッキーはその動きを止めた。
それでも再び襲い掛かろうとした次の瞬間、その攻撃を跳ね返すかのようにアイコは言った。
「この写真、SNSでばら撒くわよ? それでもいいの?」
「!?」
「ほら見て。今のあなたの顔、すごく不細工な表情をしているわ」
アイコはスマホの画面を見せた。
そこには顔を歪ませたフレッキーの顔面が映っている。お世辞にも美人とは言えないし、可愛いとも言えない。勿論カッコ良くもない。しかも手振れがひどく、光の角度も微妙だった。
「やめてエエエエッ!! その醜い写真を……ネットに晒さないで……!!」
フレッキーは弱気になり、勢い余っていた攻撃の手を途端に緩めた。
その隙を垣間見たアイコは、さらなる追い打ちをかける。
「あたしの
「嫌ッ!! その顔は嫌ッ!! せめてもう一回撮り直してッ!!」
「あ、ごめんなさい。間違えて
「あ!? ああ!? ああうッ! あああううッ! あううううううううッ!」
フレッキー、失禁する。
あまりにも残酷なアイコの仕打ちに、多大なショックを受けて漏らしてしまった。
バタンと床に尻餅を付き、そのサングラスをずり下げる。
現れたのは子猫のような円らな瞳、大量の涙を溜めている。
「あら、可愛いおめめ。目元だけは整形してないようね」
フレッキーは目元をいじっていなかった。
鏡を見るための器官だけは、どうしても傷を付けられない――いや、もしかするとそれは、両親から譲り受けた最後の砦? なのかもしれない。
「とっとと
勢いよく指をさすアイコ。
これがトドメの一撃よ!
「うわああああああああああん! ママアアアアアアアアアアアアッ!」
フレッキーはアイコに背を向け、部屋の玄関から勢いよく飛び出した。
スマホを確認するアイコ、現在の時刻は八時三十五分。まだ飛行機には間に合いそうだ。
「まあ、あたしSNSなんてやってないんだけどね。友達なんていらないもん」
画像を削除するアイコ。
これで残るは、二名となった。
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