第17話 モネと四人の部下(※残酷描写あり)

 三人の背後のバスルームから、四人の男たちがぞろぞろと現れた。

 四人とも黒いスーツとサングラスをしており、控えめに言ってもマフィアのような風貌だ。背格好に差はあるが、全員が外国人のような顔立ちをしている。


「じゃあ、あとはよろしくね」

 有賀はそう言ってデスクと向き合い、また書類を広げ始めた。

「ちなみに拳銃はやめてね。人が来ると困るから」

 悠長にノートパソコンを開いて事務作業を再開させている。厄介ごとを部下に丸投げし、既に周りを見ていない。



「ちっ……」

 紫村は男たちと向き合った。

 四人ともガタイが良く、完全に入口を固められている。どう考えても争いを避けられそうにない。


「やるしかねぇようだな」

 マルヴォが一歩前に出た。

 腕をまくり、両手を構える。話し合いに来たつもりだが、こういう状況は想定内だ。戦う覚悟はできている。


「あたしもやるわ」

 アイコも一歩引き、小さく拳を構えた。細い二の腕で両手を前にする。

 女の子だからって甘く見ないでよね!(25歳)


「カモンボーイ」

 黒い男たちもやる気満々だ。

 横一列に並び立ち、玄関への通路を完全に塞いでいる。

 有賀曰く、名前は右からジャックン、フレッキー、ジョンスカ、ロロロ。


「いいだろう。一人ずつ片付けてやる」

 対する三人も間を作り、横に広がって態勢を整えた。

 中央に構えるマルヴォ。


「かかってきなさいよ!」

 左手にアイコ。大きな声で煽る。


「最初の相手はどいつだ? 出て来いよ」

 右手に紫村。口笛を鳴らす。


 ――ヒュウ!


 それはすなわち、戦闘開始の合図であった。

 新宿高級ホテルの一室で、四人の黒い男たちと、紫村たち三人の小競り合いが幕を開けたのだ。


「ジャックン、イキマース!」

 まず最初に威勢よく前に出てきたのは、ブランキー=ジャックン。

 刃物を愛する22歳だ。

 この用心棒チームの中では一番の若手で、切り込み隊長として採用されている。北西の連合国家イギリスで生まれ育ち、地元のロンドンでは『切裂きジャックンジャックン・ザ・リッパー』の愛称で知られている有名殺人鬼だ。彼は先々週――13日の金曜日に地元の警察に捕まりそうになり、有り金はたいて日本に逃げてきたところを有賀に保護され雇われた。新人なので、時給は千円。


「キリキザンデヤリマス!」


 ジャックンは覚えたての日本語とともにポケットからバターナイフを取り出した。

 バターナイフだ。

 バターを塗るときに使うナイフだ。

 食パンを食べるときに使うやつだ。

 しかも100円均一で買ってきたものなので切れ味こそあまりよくないが、ジャックンにとってそれは些細なことである。一流の刃物使いが扱えば、どんな道具も凶器に変わると信じているからだ。

 ジャックンの切り裂き歴は15年。

 7歳のときに初めてナイフを握り、近所に住んでるガキ大将を殺めた。あのときの感触たのしさは今も右手に残っている。そしてその衝動のまま、今の今まで生きている。人を殺すのがやめられない。だけど女は殺さない。ジャックンの趣味は専ら男――男性専門切裂き魔。特に最近はアブラの乗った中年男性が大好きなんだよなアアアアッ!


「ヒャッハアアアアッー!」


 ジャックンはナイフを突き出した。

 その動作は目にも留まらぬ速さではあったが、正面のが見事に払いのけた。「!?」



「やはり弱いな」


 マルヴォである。


「ナイフに頼るような輩はたいてい力が弱いから相手にするのが楽で助かるよ」


 ジャックンの右手を払いのけ、あっさりと懐に入ったマルヴォは「がしっ」と相手の襟元を掴んだ。


(この感じ、久方ぶりだな――)


 マルヴォは昔、柔道をやっていた。

 そもそもマルヴォが日本に興味を持つキッカケとなったのが、他でもないこの「柔道」である。

 幼い頃から図体のでかかったマルヴォは、親日家であった父親から柔道を勧められ、小中高と柔道に勤しみ、大会で多くの好成績を残していた。

 その後進学した大学でも柔道を続け、将来はプロの柔道家を期待されていた。マルヴォ自身も、東京オリンピック(2020)の大舞台でメダルの取り合いに命を燃やす瞬間を夢見ながらそれまでずっと練習に励んできた――――。


 しかし現在は、新宿・高級ホテルの室内で、殺し屋の襟元を掴んでいる。

 

 なぜこうなってしまったのか、その原因はただ一つ。


 煙草である。

 大学時代の友人ともに煙草を勧められ、興味本位で吸ってみたが最後、マルヴォは煙草にのめり込んでいった。

 習慣的に煙草を吸うことにより、酸素を体内に取り込む力――有酸素運動能力および筋力・体力・持久力・瞬発力・回復力を断続的に弱体化させ、マルヴォは夢を失った。覚醒効果によって身体的パフォーマンスを一時的に上昇させることこそ稀にあったものの、結果的に負ける試合が多かった。

 それでもマルヴォは、煙草をやめなかった。

(好きだから)

 やがてマルヴォは、柔道をやめた。

(飽きたから)

 そして、旅に出た。

(暇だから)

 日本を訪れ、住み始めた。

(煙草が安いから)

 つまり――


 マルヴォは母国とスポーツマンシップを捨て、路上喫煙者ストリートファイターとして生きる道を選んだのである!


「せいやああああっ!」


 片襟一本背負い。

 繰り出したマルヴォは、ジャックンの背中を床に打ち付けた。


「グッファアアアアアアアッ!」


 悲鳴を上げるジャックン。受け身の取り方がわからなかった。

 しかもジャックンは体が弱い。小さい頃から軟弱で、病弱で、貧弱だった。そのことで周囲から激しいいじめを受け、その反動でナイフを握った。つまりジャックンは、心がとても弱かった。


「アー…………」


 ジャックン、失禁する。

 ジャックンは右手を開けたまま、脳震盪を起こして気絶した。仮に目覚めることが出来たとしても、再びナイフを握るにはリハビリの時間を要するだろう。



「強くなったら、また相手してやるよ」

 衣服の埃を払うマルヴォ。

 これで残る敵は、三名となった。

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