第16話 モネの正体(More Money , Al Capone)

「煙草はね、貴方たちみたいな無法者おばかさんに高く売れるのよ」


 有賀モネは、資産を蓄えた愛煙家たちに煙草を売りつけて法外な資金を巻き上げる悪人ディーラーだった。

 国会議員として政治活動を行う傍ら、裏組織を利用して煙草の密輸入・販売を指揮し、裏で巨額の政治資金を稼いでいたのだ。


「私にはお金が必要なの。政治家が上を目指すには、すっごくお金が掛かるのよ」


 煙草の製造・販売が禁止された現代社会では、一箱の価値が以前とは比べ物にならないくらいに跳ね上がっている。裏組織を経由して販売を行えば、禁煙に失敗している違法者たちから多額の現金を集めることが出来る。

 若手であり、世間とは逆風の思想を持っていることから正規の支援者が少ない有賀にとっては、格好の資金調達ルートであるのだ。



「この人、とんでもない悪女だわ……」

 衝撃を受けるアイコ。

 職を失い、ただでさえ貧困に陥いりやすい喫煙者から財産を根こそぎ奪おうとするなんて悪魔の所業だ。

(お金のために愛煙家をもてあそぶなんて、許せない……!)


「有賀……お前はそんな人間じゃなかったはずだ……」

 マルヴォも声を絞り出した。

 国会中継で耳にした有賀の主張を思い起こして口にする。

「お前は、喫煙者と非喫煙者が共生していける社会を作ろうとしていたはずだ……」

 国会中継で目にした有賀の姿を思い起こして口にする。

「禁煙化が推し進められる風潮の中、たった一人で世論と戦っていたときのお前はどこへ行ったんだ?」

 自分の想いを、口にする。

「お前は、煙草を愛していたはずだ! なぜ、残った喫煙者を食い潰すようなマネをするんだ!? なぜ、そんなふうになっちまったんだ!?」


「私はもう嫌煙側ダークサイドに堕ちたのよ。今の私にとっては、煙草なんてビジネスの道具でしかないわ」


 冷酷な顔で有賀は答えた。その瞳は黒々としている。

 それを見てたまらなくなった紫村が、その発言に食って掛かった。


「目を覚ませ! 輝かしい頃のお前はどこに行ったんだ!?」


 国会中継を見たことなど一度もないが、勢いだけで説得を試みる紫村。

 対する有賀は、流暢にそれを受け流す。


「今の社会は嫌煙派の人間で溢れかえっているわ。議会でもそうよ。時代の流れには逆らえない。国民の総意には逆らえないの。私はただ、今の社会に染まっただけよ。諦めなさい」


「くっ……!」

 口を歪ませる紫村。

 自分とは正反対の道を行く女を前に、反論の言葉を失った。


「ところで……貴方の持っているそれ、‶ライトニングブラスト〟よね? こっちに寄こしてくれないかしら? すぐに買い手が見つかるわ」


 紫村の煙草に目を付ける有賀。

 その銘柄は人気があるので高く売れる。私の思想に賛同できないのなら、モノだけ奪ってあとはポイよ。


「ふざけるな!! 煙草は、お前の出世のための道具じゃない!!」


 煙草をしまい、反抗する紫村。

 計画当初では有賀を出世させれば『禁煙法』を打ち破れるという見込みだったが、今の彼女を見る限り、現段階では協力を仰げない。禁煙法が無くなれば煙草の価値が下がってしまうため、有賀は現状を維持する方向に動くだろう。今協定を結んでも、彼女に都合よく利用されてしまうのがオチだ。何とかして他の突破口を見つけなければならない。


「今の世の中が苦しいんでしょ? 私が出世したら、もっと息がしやすくしてあげるわ。貴方にとっては先行投資よ。ほら、持ってる煙草を全部出して」

 

 尚も煙草を要求する有賀。

 それに対し、マルヴォが逆に脅しをかける。


「お前わかっているのか? さっき自分でも言った通り、煙草は持っているだけで犯罪だ。オレたちに手を出すようなら、お前の悪事を世間にばら撒くぞ。それでもいいのか?」


「ウフフフフ、かまわないわ。喫煙者の戯言タレコミなんて今や誰も信じない。それに、お金さえあれば、どんなスキャンダルだって潰せてしまうもの」


「なんだと……!?」


「もちろん厄介ごとは面倒だから、貴方たちには今ここで消えてもらうけどね」

 強い口調で有賀が言った。目を見開いて口にする。

「煙が立つ前に、火は消しておくものよ」


「あたしたちを消すですって? 女一人で何が出来るっていうの!?」

 逆上するアイコ。

 やれるもんならやってみなさいよ!



「残念でした。私は貴方よりもオトモダチが多いのよ……ごめんなさいね」



「……なんですって?」


 アイコが顔をしかめた次の瞬間、有賀は大きく指を鳴らした。






「ジャックン! フレッキー! ジョンスカ! ロロロ! やっておしまいっ!!」






「!?」「!?」「!?」


 のけぞる三人。

 その背後――バスルームから、四人の黒い男たちが現れた……。


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