第三章 天使は悪魔のふりをする

第15話 接見(Face To Face)

 ホテル『2122号室』。ドアを開くと、豪華な部屋が広がった。

 短い廊下と大きな広間。明るいライトに照らされた、長方形のワンルーム。

 すぐ左手にトイレとバスルーム。広間の右手に白いシングルベッド。奥にはカーテン全開の巨大な窓が構えており、新宿の怪しい夜景がきらきらと光っている。

 その脇にあるデスクに、黒いパーティードレスを纏った一人の女が座っていた。

 女はトントンと書類をまとめ、こちらを向いて声を出す。


「貴方たち、何者?」


 有賀モネ。

 艶のある黒髪を肩上までに留めた、29歳の‶美人過ぎる国会議員〟。

 目鼻立ちの整った凛々しい顔付きで、そっと三人に問いかける。

 有賀は落ち着いていた。しつこいノックの音から、誰かが部屋の前で張っていたことはわかっている。

 でもまさか三人もいるなんて、ちょっとびっくりしたけどね。


「ホテルでピッキングなんてクレイジーすぎるでしょ。フロントに通報してもよろしいかしら?」

 優雅な態度で有賀は言った。


「待て。俺たちは敵じゃない」

 免罪符のように煙草を見せる紫村。

 まずは同志であることを証明したい。


「貴方それ、煙草じゃないの。持っているだけで犯罪よ。お馬鹿さんかしら?」

 失笑しながら有賀が返した。


「そんな言い方はないだろう」

 マルヴォが割って入る。

「お前も元は愛煙家だろ? 国会で『禁煙法』に猛反発していたじゃないか」

 マルヴォはテレビで国会中継を見ていた。有賀の活躍ぶりは知っている。


「残念だけど、私は既に煙草を止めているわ。今は非喫煙者マジメニンゲンよ」

 

 ほほ笑みながら有賀は答えた。

 今や煙草は犯罪そのもの。もちろん私はやめています。

 貴方たちとは、違うんです。


「じゃあ、そのキャリーケースの中身は何だ?」

 マルヴォがデスクを指さした。

 有賀の座るチェアーの横には、黄色の大きなキャリーケースが置かれている。

(もたもたしてると通報されてしまう。会話を途切れさせるわけにはいかない)

 それを目にしたマルヴォはとにかく、思い付くままに言葉を並べた。

「同窓会にキャリーケースなんて必要ないだろ。かばんとして持ち歩くにはでかすぎる。寝巻はホテルが用意してくれるし、仕事道具もデスクの上に出ている。ケースの金具も閉まっているし、中身は空じゃないな。わざわざ自分の真横に置くなんて、中身は現金、あるいは別のやばいもの。お前の場合は、煙草だろ?」


 部屋に突入してからわずかに数秒、マルヴォはさっそく発破をかけた。

 キャリーケースの中身なんて勿論わからないし、そこに煙草があるという確証なんてどこにもない。

 しかしマルヴォは、自分の直感を信じた。

 その直感とは、『有賀は煙草をやめれていない』。


(煙草は簡単にやめられない――)


 スモーカーの目利きをなめてはいけない。

 どんな人格者であれど、煙草は簡単にやめられない。

 それがたとえ医者であっても、スポーツマンであっても。有賀のような、政治家の類であっても。

 煙草の中毒性は危険薬物のそれをも上回る。感情だけでやめることなど到底できない。

 手元になければ得体の知れない不安が常につきまとう。それが喫煙者にとっての煙草という存在だ。

 マルヴォも、紫村も、アイコも、そのことは身をもって知っている。

(元より、やめるつもりなどないが)

(やめられないんだ、簡単には)

(煙草を愛するものならば、それは尚更のことなのよ)

 有賀も元々、愛煙家。

『禁煙法』に賛成派の人間であるならまだしも、有賀はそれに粘り強く反抗していた人間だ。煙草の為に、総理大臣に歯向かうような人間だ。

 そんな人間が、煙草を簡単にやめているわけがない!



「ウフフ……正解よ」


 有賀は口角を吊り上げた。

 キャリーケースの金具を外し、煙草の詰まった中身を見せる。ケースの中には、様々な銘柄のカートンがパンパンに敷き詰められている。

「よくわかったわね。貴方たち、超能力者エスパー?」


(……!)

 見切り発車かつ苦し紛れだったマルヴォの予想は、見事に的中していた。

 有賀は煙草を持っていた。

 しかしそれを必死に隠すような素振りは見られない。もしかすると、同志が現れるのを待っていたのかもしれない。


「俺たちは喫煙者スモーカーだ。お前と同じだよ」


 煙草を見せながら、相手の目を見て紫村が告げた。

‶自分たちは同じ穴のムジナだ。だから協力してくれないか〟

 そんな意味を込めた、渾身のカミングアウトである。


 しかし有賀は、凄みを利かせてこう返した。


「勘違いしないでちょうだい。これは、私が吸うためのものじゃないわ。残念だけど、私は本当に煙草をやめているの」


「なんだと? どういうことだ?」

 前のめりになる紫村。

 煙草を所持していながら吸わないなんて、一体どういう了見だ?

 理解のできない価値観に、眉をひそめて紫村が尋ねる。


 すると有賀は、ぺろりと舌を出してこう答えた。

 





「この煙草は売り物ビジネスよ」


 有賀モネは、悪人ディーラーだった。

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