第14話 ドアの向こうへ(Mr.Locksmith)

「なんだと? まさか素手でぶん殴るつもりか?」


 マルヴォは動揺した。

 冗談で言ったつもりなのに、そんな野蛮なことを実行されたら間違いなく計画は失敗に終わってしまう。

「やめてくれ! オレがわるかった!」

 軽はずみな自分の発言を撤回するマルヴォ。

 紫村がここまで冗談を真受けワルノリするタイプの性格だとは思っていなかった。


「……そんな手荒なマネはしねぇよ」

 あっさりと否定する紫村。

 そして、その左ポケットから、ごそごそと棒状の何かを取り出した。

「俺が今からやらかすのは、もっとスマートで汚いやり方さ」


「お前、それは……」





「商売道具だよ。昔のな」


 ピッキング・ツール。

 紫村が取り出したのは、ナイフのような二本の細い器具だった。


 紫村の前職は、鍵屋。

 またの名を――‶錠前技師〟とも呼ぶ。



「あんた、鍵屋さんだったの?」

 アイコが驚いた。

 大雑把な性格に見える紫村が、そんな繊細な技術を求められる職業だとは思っていなかった。


「……まあな」

 やや煙たそうに紫村が答えた。


「鍵屋さんって、わりと自由フリーな仕事でしょ? 吸いながらでも仕事を続けられたんじゃないの?」

 偏見混じりの疑問をぶつけるアイコ。

 すると紫村は、過去を振り返るかのように目を逸らした。


「鍵屋は信用第一だ。喫煙者スモーカーには不向きな仕事さ」

 

 紫村は、一年前まで鍵屋を営んでいた。

 地元シブヤの高校を卒業してから近所の鍵屋で経験を積み、若手ながらに独立して一人で鍵屋をやっていた。

 店舗を持たず、自宅のボロアパートを拠点にし、依頼があればフラリと現場へ駆けつける――そんなスタイルで自由気ままにやっていた。


 早い・安い・巧い。


 紫村の腕は確かなもので、ネットで「鍵屋」と検索をかけた際にも割と上のほうに表示されるくらいに評判は上々だった。家や車やロッカーなど、なんでもお安い御用であった。


 しかし、『禁煙法』が張られて以来、仕事の電話は鳴らなくなった。


 ネットに喫煙者であることをかきこまれ、紫村の仕事は激減した。たまに仕事が入っても、その間まったく煙草を吸えずに集中力を欠いてミスを連発し、鍵を開けられなくなる日々が続いた。隠れて煙草を吸おうにも、場所と時間をいちいち作らなければならずに現場への到着に遅れ、肝心の作業もまったく捗らない。制服にこびりついた臭いのせいで客や得意先の業者の信用をもどんどんと失い、やがて依頼件数は常にゼロ。

 紫村は自宅に引きこもり、事実上の廃業生活へと陥った。


(鍵を開けるのは、半年ぶりだな……)


 そんな過去を背負いながら、紫村はドアと向き合った。

 床に膝を付き、その鍵穴シリンダーを覗き込む。

 穴の構造は思ったよりも複雑で、まるで自分の人生を見ているかのようだった。

 されど、逃げることなど許されない。

 鍵師はそれを紐解くために、両手を使って答えを探す。作業開始だ。


(…………)


 ピッキングは、「ピック」と「テンション」と呼ばれる二本の道具を使って錠をこじ開ける手作業だ。錠の種類は多岐にわたっており、対応するためには膨大な知識と経験を要する場合がほとんどである。


「あー……このタイプか。最近流行ってるやつだな」


 紫村は仕事を辞めてからも、鍵の勉強を続けていた。

 鍵の世界は常に進化を続けている。次から次へと新しいタイプの錠前が生み出され、たとえ一流の鍵師であっても毎日が勉強の日々である。

 勉強、練習、練習、勉強。

 開けられなければ、ただの‶人〟。

 錠前技師とは、移り行く時代に合わせて常に鍛錬を積み重ね続けなければならない、極めて過酷な職業なのだ。


 カチリ。


「開いたぜ」




「え……? 本当か!?」


「ああ、俺に開けられない部屋はない。あとはノブを捻るだけだ」


 紫村は開錠に成功した。

 無論、高級ホテルのオートロックなど簡単に開けられる物ではない。

 これを可能にしたのは、紫村の仕事に対する根強い執念である。

 紫村は、廃業後も行きつけの本屋で鍵の雑誌を読み漁り、知識を詰め込み続けていた。街で見かけた最新式の家や車を「勝手に開けては閉めて去る」という異常な練習方法も繰り返しおこなってきた。

 社会への復帰――‶生きること〟への執着心が、紫村の腕を無意識に磨き続けていたのである。


 ――『有賀モネ』に出会うことで、本当に社会を変えられるのかは正直なところわからない。

 それでも紫村は、本来の自分を取り戻すための小さなドアを、今確かに開けたのだ。


「さあ、これでいつでも中に入れるぜ」

 

 紫村は道具をしまい込み、立ち上がった。

 本当の仕事はここからだ。



「――こういう方法を取った以上、オレたちは侵入者だ。中に入ればどういう状況モメゴトになるかわからない。覚悟しておけよ」


 マルヴォも表情を切り替えた。

 清宗院への第一歩――いよいよ突入の時である。


「女の子から入ったほうがまだ印象がいいはずよ。言い訳はあんたたちにまかせるけどね」

 切り込み役を買い、ドアノブを掴むアイコ。

 そして、捻る。



 三人は、ドアを開いた――。




《Episode2 "Dark Side Hotel" Opened. & To be Continued to the 3rd......》

(第二章‶ダークサイド・ホテル〟開錠。そして、第三章へ続く――)

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