第13話 モネの部屋(Closed Room)

 ホテルの2階に戻ったマルヴォは、レストランで食事をしている二人の元へと駆け寄った。

「部屋が割れたぞ」


「……!! げほっげほっ!」

 咳き込む紫村。

 背後からいきなり声を掛けられ、肉を喉に詰まらせた。

「本当か!?」


「ああ。『2122号室』――21階の北側の部屋だ」


「お手柄だわ。早速部屋へ向かいましょう」

 ケーキを飲み込むアイコ。

 マルヴォが情報収集しているあいだ、肉や野菜は勿論、食後のデザートまでしっかりと平らげた。これで準備おなかは万全だ。

 

「よし! 行くぞ!」

 紫村は脱いでいたジャケットを羽織り、颯爽と店を飛び出した。

 最後に煙草を口にしてから既に20分以上が経過している。体内のニコチンが切れたら作戦どころではない。急がなければ。


「ええ!」

 レジカウンターに五千円札を叩きつけるアイコ。ごちそうさまでした!


「そう焦るな二人とも。部屋は既に割れてるんだ」

 ウェイトレスからお釣りを受け取るマルヴォ。

 食事代金は二人合わせて4000円。つまり1000円のお返し。

 数分前に「釣りはいらねぇ」と豪語して店をあとにしたマルヴォではあったが、やっぱり貰えるものは貰っておくことにした。

「この調子ならじっくりやってもお釣りが返ってくる。ここからは慎重に行こう」


 こうして店を出た三人は、エレベーターに乗り込んで21階へと向かった。




※※※




 エレベーターを降りると、綺麗な廊下が広がった。

 上層の宿泊階はやはり豪華な装いだ。暖かい色のライトと絨毯が中央を彩り、大きなドアの客室が左右に整然と並んでいる。

 廊下は静まり返っており、人はひとりもいなかった。夕食の配給ルームサービスは既に終わっているようだ。接触するなら今がチャンス。



「2122号室……ここだな」


 足音を忍ばせた三人が辿り着いたのは、廊下の最北端の部屋だった。

 行き止まりの壁が隣にあり、向かいの部屋は存在しない。隣の部屋との間隔も広く開いており、まるでVIPルームのような雰囲気だ。

 ドアは、部屋番号が書いてあるだけのシンプルな木製扉。金色のドアノブ以外は何も付いておらず、のぞき窓やインターホンの類も見当たらない。フロントからでなければ内部への連絡はできなさそうだ。



「さて、どうやって入る?」

 紫村が口火を切った。


「そうだな……手始めにちょっと探ってみるか」

 答えたマルヴォが、ドアに耳を当ててみる。


「……ガタガタと音がするな」

 室内では何か作業が行われているようだ。

「とりあえず、中に人がいるのは間違いないだろう」


「ノックしてみれば?」

 アイコが言った。


「……そうだな。現状はそれしかない。やってみよう」

 答えたマルヴォが、右手を構えた。

 台詞を少し考えたあと、コンコンと二回、叩いてみる。



「…………」

「…………」

「…………」


「……………………」



 反応はない。

 30秒ほど待って繰り返したが、やはり反応はなかった。



「時刻はまだ九時前だ。何かしらの応答があってもいいはずだが……」

 マルヴォがぼそりと口にする。

「国会中継などを見た限りでは、有賀は自分の意見を堂々と主張するタイプの人間だ。無視シカトを決め込むような性格とは思えない」


「お風呂に入ってるんじゃない?」

 アイコが予測した。

 いくら国会議員と言えど、同じ20代の女子だ。余暇の行動パターンはお見通しよ。


「それはあり得るな。足踏みはしたくないが、もう少しだけ待ってみよう」







 五分後。






「だめだな……」


 マルヴォが再びノックを試したが、やはり応答はなかった。

 もう一度ドアに耳を当て、中の様子を聴いてみる。


「……微かだが相変わらず物音はする。中にはいるはずなんだが……」

 表情を曇らせるマルヴォ。



「開けてみるか?」

 紫村が提案する。


「……そうだな。ヘッドフォンで耳を塞いでいる可能性もある。一か八か開けてみよう」

 そう言ってマルヴォがそっとノブに手を掛けるが、やはり動かない。

 ドアには案の定、鍵が掛かっていた。


「でしょうね」

 唇を触り出すアイコ。

 なんだか喉が渇いてきた。


「参ったな……お手上げだ」

 やれやれと両手を広げるマルヴォ。


「……こりゃあ本当にドアをぶち壊すしかなくなってきたぞ」

 呆れながら、相変わらずの冗談を口にする。



 すると紫村が、後ろでフッと笑いを漏らした。

 左のポケットに手を入れながら、やや嬉しそうに前へ出る。


「その役回り、俺が買ってやるよ」

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