第10話 馳走(Dinner Rush)

 ホテル2階。階段を上がった通路の先に、大きなレストランがある。

 訪れた三人は、入口にある看板の前で棒立ちをしていた。


「一人2000円の食べ放題バイキングか……」


 紫村は苦悩していた。

 店内の中ほどに見えるテーブルに、立食形式ビュッフェスタイルの料理が並んでいる。まだらな客たちが、それらを囲んで取っている。その場で美味しそうに口に運んでいる。

 レストランの内装は豪華な印象を受けるが、値段もメニューも庶民派だ。自分の口にもきっと合うだろう。


(だが俺は一体、ここに何をしに来たんだ?)

 

 食事をしに来たのではないことは確かだ。

 喫煙者スモーカーという生き物が煙草を封じられたとき、口寂しさからやたらと飲食物を求めてしまうのは宿命である。禁煙後に肥満体型を維持する者が多いのはこのためだ。


(ハンバーグが、食べたい――)


 脳内で迷走を始める紫村。

 ここで食事を取り始めては、本来の目的から大きく逸れることになるだろう。

 そもそも金がないし、時間もない。しかし、腹は鳴っている。



「情報収集はオレに任せろ」

 紫村の腹のを聞いたマルヴォが言った。

「この辺りの一般客に話を訊いてもおそらく意味がない。オレは直接パーティー会場に近づき、有賀の周辺を探ってみる。奴の部屋がわかりしだい、またここに戻る」

 マルヴォはポケットから一枚のお札を取り出し、紫村の胸に投げつけた。

「それまでお前たちは、ここで英気を養っておけ」


「マルヴォ、お前……」

 お札を手に取り唖然とする紫村。

 5000円あれば、この場で二人分の空腹を満たすことが出来る。しかしこの札からは、値段以上の重みを感じる。得体の知れない哀愁が、この一枚には確かに含まれている。


「釣りはいらねぇ」

 それはマルヴォの全財産すべてだった。

 これでマルヴォは、もう何も買うことが出来なくなる。

‶オレは食事をしに来たんじゃない。自分の使命を果たすためにここへ来たんだ〟

 そういう覚悟が、マルヴォの瞳にはうっすらと浮かんでいた。


「あんた一人で平気なの?」

 アイコが訊いた。一人で戦地へ赴くマルヴォを思いやるがゆえの一言。

 しかしその目は、既に相手を見ていない。店内にある美味しそうな料理をひたすらに眺めている。


「かまわねぇ。単独のほうがやりやすいこともあるしな」

 その態度に応じるが如く、マルヴォも二人に背を向けた。

 通路脇に見えるエレベーターへと足を向ける。

 

「あんたの覚悟マネー……ありがたくいただくわ」

 アイコ、入店する。

 ナフキンを首に巻き、ナイフとフォークを両手に構える。もう誰も彼女を止めることはできない。


「マルヴォ、頼んだぜ」

 紫村も入店した。

 5000円札を握り締め、去り行く男に言葉を残す。

「有賀の部屋を掴めたら、またここに戻ってこい。約束だ」


「ああ、約束しよう」

 背を見せたまま答えるマルヴォ。


「ただし10分で戻る。それまでには腹を満たしておけよ」


 マルヴォは走り出した。

 仲間の為に。自分の為に。

 煙草を愛する、全ての為に。



「いただきます……!」

「いただきまあーす!」

 二人は食事を開始した。

 肉や魚を頬張り食らう。走り去る仲間へ想いを馳せながら――。



(待ってろよ二人とも……! オレが必ず、有賀の居場所を突き止めて見せる!)

 マルヴォ、出陣する。

 通路脇のエレベーターに単身で乗り込み、ホテル20階――パーティー会場の跡地へと単独で向かった。孤独な潜入捜査ダイブの始まりだ。

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