第9話 マルヴォVS受付嬢(Entrance Talk)
エントランスをくぐった三人は、ホテルのロビーへと足を踏み入れた。
ロビーは明るく豪華でだだっ広く、多くの人間が入り混じっている。カジュアルな服装の観光客や、スーツを纏ったビジネスマン、中にはパーティーの装いをした人も何人か見受けられる。比較的ラフな格好ではあるものの、紫村たちが特段目立っているということはなかった。
(さて、まずはどうするか……)
紫村が小声で呟いた。
(そうだな。まずはフロントへ行き、適当な会話をしてそれとなく有賀の部屋番号を探ってみるとしよう)
マルヴォも小声で応答する。
(――期待してるわよ)
するとアイコが、その耳元で囁いた。
「ばか、やめろ! ゾクゾクするじゃないか!」
大声で反発するマルヴォ。周りの注目を一瞬だけ集める。
(
小声で叱責するマルヴォ。耳元に当たったアイコの息遣いに思わず興奮してしまった。
「遊び心は大切よ。何事も楽しまなきゃ上手くいかないわ」
無邪気に答えるアイコ。
初の潜入ミッションにもかかわらず、かなりリラックスしているようだ。
「たしかに、コソコソしてると逆に変かもな。あえて気楽に行こうぜ」
紫村も同調した。肩や首を軽くほぐしている。
「……たしかに、一理あるな」
マルヴォ、納得する。
「今日はちょうど週末だ。遊び帰りの三人組という設定で行こう」
「了解」
口を揃える紫村とアイコ。
そして三人は、マルヴォを先頭にフロントへと足を進めた。
(受付嬢への質問はオレがする。二人は後ろで待機していてくれ)
(了解)
ホテルのフロントには、一人の受付嬢がいた。
24階建てという大きな規模にもかかわらず、配置されていたのはたったの一人。
垢抜けてはいないが、若くて美人だ。表情は落ち着き払っており、明らかにベテランのような佇まいである。
(フフ……。相手にとって不足はないな)
薄ら笑いで歩み寄る
マルヴォが近づくと、受付嬢も小慣れた笑顔で口を開いた。
「ようこそ、『シカゴ』へ。ご予約のお客様ですか?」
「いや、‶ご新規のお客様〟だ。宿を探している」
偉そうな物言いでマルヴォが返した。
見た目が外国人なので、多少癖のある日本語でも許されやすい。あえてそうすることにより、強引な質問を通しやすくする作戦のようだ。なんとかして有賀の部屋番号を知れる流れに持っていきたい。
「申し訳ありません。今夜は満室となっております」
事務的な表情で受付嬢がさらりと答える。
変な日本語を使う外国人は慣れっこだ。むしろ流暢なほうだとすら思った。
「そうか、残念だ」
適当に相槌を打つマルヴォ。部屋は既に予約でいっぱいのようだが、宿泊が目的ではないのでそんなことはどうでもよかった。
肝心なのは、このあとだ。
「
不自然に話を続けるマルヴォ。ぎこちない作り笑顔を見せる。
「はい。当ホテル20階の多目的ホールにて、お客様の同窓会パーティーが開かれておりました」
丁寧に答える受付嬢。マニュアル外の質問にも対応できます。
「へぇ~、それは楽しそうだなあ~。ちょうど小腹も空いてるし、僕も参加してみようかな~。ま、招待なんかされていないんだけどね! ハッハッハ」
冗談交じりに会話を広げるマルヴォ。まずはパーティーの話題に持っていき、そこから参加者の個人情報を引き出す流れに繋げたい。
「残念ながら、パーティーは先ほど終了いたしました」
笑顔で切り捨てる受付嬢。個人情報は漏らしません。
「でも、ご安心くださいませ。この先2階にあるレストランなら、宿泊されていないお客様でもご利用いただけます。レストランは午後11時まで営業しておりますので、よろしければどうぞお立ち寄りください」
腹を空かせた客に食事を勧める受付嬢。
そして会話を締めるが如く、ゆっくりと頭を下げていく。
「では、素敵な夜をお過ごしくださいませ」
「ありがとう。さっそく行ってみるよ」
紳士的な笑顔で立ち去るマルヴォ。
最初から最後まで会話の主導権を握ることができず、あっさりと煙に巻かれた。
(見事な接客だ。オレの負けだよベイビー)
それでもマルヴォは、満足げな表情で二人のほうへと引き返した。勝負には負けたが、不愉快な気持ちはない――これが
(おい!! 有賀の部屋番号、聞けてねぇじゃねぇか!)
紫村、叱責する。
マルヴォが得てきた情報は、レストランの営業時間だけだった。これでは話が進まない。
(すまん。失敗した)
マルヴォ、謝罪する。
うまくやろうとしたが、駄目だった。
(……頼れないオトコに誘われたもんだわ)
呆れるアイコ。不満げにアクセサリーをいじり始める。
「まあ心配するな。今回は相手が悪かっただけだ」
失敗から何かを学んだのか、なぜか自身満々のマルヴォ。
今後の活躍に期待である。
「仕方ない……とりあえずレストランに行ってみるか」
目先の階段に向かう紫村。
焦りは禁物だが、今はとにかく足を進めたい。
「ちょうどお腹も空いてるし、いいかもね。行きましょう」
アイコも同調し、紫村に続いた。
小腹が空いている。今はとにかく何かを食べたい。
(……次こそは必ず成功させてやる)
密かにリベンジを目論むマルヴォも二人を追った。
初っぱなから無駄足踏んでる場合じゃない。一刻も早く、何とかして有賀の情報を手に入れたい。
こうして三人は階段を上がり、2階にあるレストランへと足を進めた。
時刻は八時を過ぎた頃――まだまだ夜は長そうだ。
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