第5話 仲間の証は冷めたピザ(Cold Pizza)
「賛同に感謝する」
マルヴォが紫村に握手を求めた。
この手を握ってしまえば、紫村も立派な共犯者だ。
「ああ」
煙草を咥えたまま、紫村が握り返す。
マルヴォの手の平は、ざらりと冷たい触感だった。
触れた紫村も、まるで自分の血流が滞っていくような感覚に陥っていった。
「よろしくね」
次にアイコが近寄り、初めて紫村に笑顔を見せた。
しかしその目は笑っていない。瞳の奥には悪魔のような淀みが見える。
「ああ」
目を合わせると、自分の中にも悪魔が宿っていくような気になった。
同じモノに取り憑かれた者同士――皮肉にも、紫村にとっては初めての感覚――‶仲間〟であった。
(俺はもう、やるしかないんだ)
かくして紫村は、清宗院暗殺計画の一員に加わった。
もう引き返すことなどできないが、どのみち紫村に帰る場所はない。
紫村はもう、進むしかないのだ。
※※※
「よし、とりあえず乾杯だ」
表情を緩めたマルヴォが、キッチンにある冷蔵庫らしきものからペットボトルと冷凍ピザを持ってきた。
「飲め、シムラ。オレからのプレゼントだ」
マルヴォが紫村にペットボトルを投げ渡した。
受け取ったところ、どうやらただの水のようである。あまり冷えていない。
「……これいつのやつだ? 毒とか入ってないよな?」
執拗に疑う紫村。暗殺提案者からの贈り物なので無理もない。
「ハハッ! せっかく出会えた仲間に毒なんか盛らねぇよ! そもそも毒なんか買ったことないしな!」
煙草を吸いながら馬鹿笑いするマルヴォ。
ピザをレンジで温める。
「ならいい」
ためらいなく一気に飲み干す紫村。
先ほどまで地上で逃げ回っていたため、相当に喉が渇いていた。
(妙にうまいな……市販の飲料水か?)
「ほら、アイコも飲め飲め」
まるで飲み会の席の如く、アイコにも水を勧めるマルヴォ。
しかし……
「いらない。それ、あんたが下水をろ過したやつでしょ?」
即座に断るアイコ。
アイコはこの部屋に招かれてから三日目。マルヴォが外の汚水を拾って「ろ過実験」を行っていたことは知っている。
(え……?)
顔色を変える紫村。
手巻き煙草や、下水のろ過……マルヴォの趣味がなんとなく見えてきた。
蜘蛛やネズミを使ったハンドメイドだけは勘弁してほしいところだ。
「そのピザは……大丈夫なんだろうな?」
「安心しろ。これは地上のスーパーで盗んできたやつだ」
(よかった……食える)
盗品であるにもかかわらず、市販であることに安堵の表情を浮かべる紫村。
レンジがチンと鳴る。
※※※
「よし、作戦会議を始めるぞ!」
マルヴォがピザを持ってきた。
三人は
「あっつっ!」
率先してピザに触れ、火傷を負う紫村。
古いレンジのため、細かい調整ができていないようだ。
(仕方ない……少し冷めるまで一服するか)
煙草を咥え、ピザをあとにして話に加わる。
「まず何をするんだ? 国会議事堂にでも乗り込むのか?」
「いきなりそんな無謀なことはしないさ」
火傷した紫村を参考に、マルヴォもひとまず煙草を咥える。
「最初に言った通り、まずは『有賀モネ』という女に接触する――ちゃんとオレの話聞いてたのか?」
「ああ、そういえばそんな話だったな」
ライターで火を点ける紫村。
「ちゃんと聞いててもらわないと困るわ。計画が失敗した時点であたしたちの人生は終わりよ」
アイコも不愛想に煙草を咥える。
「ちっ、わかったよ」
やれやれと灰を落とす紫村。
「で、その有賀って女は、どこに行けば会えるんだ?」
煙草に火を点けるマルヴォ。
「有賀は現在、招かれたパーティーの関係で新宿の高級ホテル『シカゴ』の一室に滞在している。まずはここへ潜入し、有賀との接触を試みる」
「どこでそんな情報手に入れたんだ?」
紫村が訊いた。
現代の喫煙者は大体が無職なので、携帯電話などの情報端末を持っている人間は稀である。
そもそも社会から切り離されているために持つ必要などなくなったが、それ以前に契約料金を支払い続けることが難しく、現に紫村もとっくに解約している。生活費なんて食費と煙草で手一杯だった。この部屋の在りようからして、マルヴォもネット環境を持っているとは思えない。
「あたしが調べた」
スマホをぶら下げるアイコ。
しかも最新型である。
「スマホ!? お前まさか、職に就いているのか!?」
紫村は驚いた。
喫煙者を続けながら働くことの難しさを、身を持って知っているからだ。
例えば仕事中に煙草を吸いたくなった場合、隙間時間の作成や匂いのケアなど気にすることが非常に多く、「誰かに見られているのではないか・ばれているのではないか」という不安が常に付きまとう。時間外だけの喫煙者でいられるくらいの依存度ならば、そもそも煙草を止めれているだろう。
現代における『仕事と煙草の両立』は、世間体に屈することのない強靭なメンタルと、喫煙後のアフターケアを徹底的に欠かさない超几帳面な性格が求められる至難の業なのだ。
「いや、先週バックレたわ」
アイコは三日前まで、テレフォンオペレーターをやっていた。
日ごろから喫煙量を極力抑え、ミントや香水などで器用に匂いを隠しながらこれまでやってきた。契約社員なので、定期的に職場が変わることもプラスに働いていた。
しかし先週の金曜日。
定時寸前に上司に匂いを感付かれ、その足でここへ逃げてきた。
仕事は辞めるけど、煙草は止めない。やめるつもりはありません。
アイコもいい加減、この社会にうんざりしている女子なのだ。(25歳)
「スマホの契約も、今月で切れるわ」
現在の日付は九月末。アイコのスマホの期限は一週間だ。
「何はともあれ
二本目の煙草に手を出す紫村。
「ああ。しかも、インターネット回線サービスのテレオペをやっていたらしい。情報収集なんて朝飯前だろうな」
マルヴォも自作のろ過水を一口すすり、二本目を吸い始めた。
「議員のプライベートなんて、SNSをロムれば簡単よ」
煙草を咥えるアイコ。
そして、鋭い目付きでこう加える。
「でも、チャンスは一度きり。今夜を逃したら、『有賀モネ』に接触する機会はおそらくないわ」
「一回あれば十分だ。確実に手駒にしてやるさ」
声を揃える紫村とマルヴォ。
息は既に、ピッタリのようだ。
「フゥー」
煙を吐き、灰皿で火を消す三人。
……手に取ったピザはとっくに冷めている。完全に食べ頃を逃した。
冷めたピザを頬張りながら、「こんな調子で大丈夫なのだろうか」と誰もが一瞬思った。
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