第3話 悪夢の法律(Nightmare Low)
マルヴォは、テーブルに置かれた紫村のライトニングブラストを一本拝借し、満を持して本題に入った。
「禁煙法が日本に張られてから早一年――オレたち
「そうだな……」
紫村も、ライトニングブラストを一本咥えて火を点けた。
「やりづらいなとは思ってる。俺はそのせいで職を失ってもう金がない。貯金はすべて予備の煙草に溶かしたし、腹は常に減ってる。それでも俺は煙草をやめるつもりはないけどな。それ以外は何も考えていない」
「なるほどな……」
ポケットからマッチを取り出し、慣れた手つきで着火するマルヴォ。
「オレも日本は煙草に対して寛容な国だと思って移住したが、年を経るごとに喫煙所が減っていき、煙草の値段もどんどん上がっていった――だがそこまでは別にいい。
マルヴォの声色が途端に重くなり、話が止まった。
するとソファーの裏で黙っていたアイコが、絞るようにその男の名を口にする。
「
清宗院 和正(58)。
現在の総理大臣であり、渦中の『禁煙法』を発案した男である。
大の嫌煙家であった清宗院和正は、総理大臣就任初日に朝一でこの法案を国会へ提出し、異例のハイスピードで施行段階にまでこぎつけた。
たばこ税によって莫大な税収が見込めるにもかかわらず内閣がこの大きな決定に至ったのは、今後数千年規模の将来的な観点から見て煙草が社会に与える影響が「百害あって一利なし」と判断したからである。
これによって一部の産業は壊滅的被害を受けたものの、趣味・嗜好品の代表格である煙草が消えたことによって人々の需要が大きく変動し、数多の企業で大規模な経営改革が巻き起こって結果的に景気は好転、経済全体が活性化した。環境面では火災発生件数の著しい減少やごみの全体量の大幅な削減に成功し、現段階では語り尽くせないほどの環境関連の問題が劇的に改善した。衛生面においても煙草が原因とみられていた健康被害が影を潜め、あらゆる病気の患者数が激減し、国民の平均寿命は俄然上昇傾向にある。
以上のような『たばこゼロ社会』をキャッチコピーに掲げた『清宗院内閣』の誕生は、「煙草をやめたい・やめさせたい層」に特に喜ばれ、生誕三年目を迎えた現在も多くの国民から絶大な人気を得ている。内閣支持率は常に90パーセントを超えており、煙草を吸わない者達にとってこれ以上に健全な世界はない。
「清宗院……和正……!」
ライトニングブラストの空き箱を握りつぶす紫村。
清宗院内閣の誕生は、煙草を愛する者達にとっては言わずもがな絶望的な出来事であった。
煙草が吸えなくなったことにより、気を狂わせる者、行き場を失う者が続出し、自殺者とホームレスの数が一時的に急増した。
それでも煙草を吸わない層からしてみれば、自業自得であるという感想以外は出てこない。清宗院が発案した『禁煙法』は、喫煙者が悪であるという風潮を完膚なきまでに社会に確立したのである。喫煙者にとってこれ以上に生きづらい世界はない。
よって愛煙家たちが清宗院を恨むのは、ごく自然な流れである。当然、この紫村もだ。
「マルヴォ、教えてくれ。俺たちが取るべき行動を……!」
感情的になる紫村。
隠していた新箱を勢いよく開封し、二本同時に口に咥えて火を点けた。
燃え上がった煙草が大量の煙を巻き上げている。
「簡単だ。この法律をこの世から消し去る」
渋い声でマルヴォが答えた。
無論この回答が、無理難題であることは紫村も百も承知である。
「もっと具体的な方法を言ってくれ! お前らは一体何をしでかそうとしているんだ!?」
まるで自分を鼓舞するかのように相手を問い詰める紫村。
対するマルヴォは一息を吐き、瞼を開いてこう返した。
「
ソファー裏のアイコも、その台詞に声を重ねた。
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