のっぺらぼう



ごめんごめん、待った?

女はトイレでやることが、いっぱいあるからね


で、どこまで話したっけ?


まぁ、いいか

中途半端になったし、最初からでいいよね



小学生の時にさ

河川敷かせんじきの近くに住んでたんだ


流れてる水は綺麗じゃなかったけれど

犬の散歩にちょうど良かったんだよね


今は死んじゃったけれど

初代◯◯を散歩に連れて行った時のことね


あ、◯◯ってのは犬の名前ね

今、実家に二代目◯◯がいるんだけど


また、話が逸れちゃった


でね、〇〇の散歩に行った時に

はじめて、その人に会ったの

いや、会ったっていうか、見かけただけかな


学校から帰って

5時のチャイムが鳴っていたっけ


もう、ずいぶん前の話だから、よく覚えていないけれど

陽がだいぶかたむいて、影がだいぶ長くなっていたから


で、夕方の河川敷にね、その女の人が座ってたの

たぶん、20歳から30歳の間ぐらいだとは思うけど

きちっとしたレディーススーツを着た人がちょこんと座ってるの


◯◯が草に鼻を突っ込んでる間に視界に入ったんだよね

余計なお世話だけどスーツ汚れちゃって大丈夫かな?

って、そのときは思ったのだけど


その女の人はボストンバッグを持っていたの

真っ黒なボストンバッグを横に置いてね

川をぼんやりと見てんの


そしたら、なにかを思い出したかのように動き出して

膝をついてバッグを開いて、中に顔を突っ込んだの


なにをしてるんだろう?って印象に残ったんだろうね


その時は、声もかけないで

何もしないで帰ってしまったけど



それからね

毎日ってわけじゃないけど、よく見るようになったの


場所は同じではないんだけど散歩コースのどこかに必ずいる

きまって黒いスーツ姿で大きなボストンバッグを持って


ボストンバッグに顔を入れて

なにかを見ているのも、一度や二度じゃなかった

その度に、なにを見てるんだろう?って不思議に思うわけ


何度か見ている内に気になって、声をかけることを決めたんだ

だって、気になるじゃない?


でもね、そういう時に限って、姿が見えない

今日は来ていないのかな、と諦めかけた時に

ようやく見つけたんだけど、やめておけば良かったなあ


その日は川べりの石が転がってるところにいたの


お父さんやお母さん、学校の先生とかとは話をすることがあるけど

まったく知らない大人の人に声をかけるって、あんまりないじゃない?


「そのカバンに顔を入れてなにをしてるんですか?」って

できるだけ、物を知らない子どもが

頭の悪い質問をしてるような感じでね


女の人はこっちに顔を向けたの

でも、顔を覚えていないんだ


顔のうすい、印象がのこらない人だった、と思う


でね、声が小さくて聞き取りづらいんだ

蚊の鳴くような声で何ごとかを

ボソボソとしゃべってるんだけどね


質問したのはこっちじゃん?

聞き逃したら失礼だと思って、近づいて耳を向けたら


首をグッとつかまれて

カバンの中に顔を押し込まれちゃって


いきなりの展開にびっくりして

必死に暴れたような気もするけど

すごい力でさ、どうにもならなかった


そのうち、すごく眠くなってね

そのまま気を失ったのかな


鞄の中は真っ黒で

コーヒーの豆みたいないい匂いがしたのだけ

やけに覚えてるんだけどね



気づいたら、河原で寝っ転がってた

あたりはもうすっかり暗くなってて

そばに、◯◯が座っていてこっちの顔を覗きこんでんの


あたりを見回しても、あの女の人はいない


自分は夢でも見たんだろうか?

これまでなかったけど、貧血で倒れたんだろうか?


何時なんじだろうって、スマホをチェックしたら

お母さんから、すごい着信きててヤバくて

急いで帰ったんだ


お母さん、すごく怒っててさ

もうちょっと遅かったら、警察に電話してたとか

さんざん叱られたあとに、手を洗ってこいって言われたの


言われるまま手を洗いに洗面所にいって

鏡を見たら、鏡の中に知らない人がいたんだよね


わたしの顔が消えて、別人の顔になってた


きっと、あの女に盗まれたんだ

そうとしか、思えなかった



……



お母さんもお父さんもお兄ちゃんも妹も

学校で友だちに言っても


みんな、みんな

前と同じ顔だって言うんだよね


あたしだけ、この顔に見覚えがない



あたしの顔を返してもらいたくってさ

何度も、何度も河川敷に探しにいくんだけど


あれ以来、見かけなくなっちゃったんだよね

あの女の人、どこにもいない



……



あたしの顔さ

なんていうか、印象うすいよね?


化粧で元の顔に近づけようって頑張ったけど

やっぱり、ちがうんだよね、輪郭からしてちがうんだもん


いろいろ調べたし

お母さんにも相談したけど、反対されてね


お金をちょっとでも出してもらえるかもって

すこしは期待したけど、頭がおかしいって言われちゃってさ


だから、お金を貯めるために夜の仕事もはじめたの


覚悟を決めて美容整形の病院に行って

カウンセリングを受けて

この話を正直にしちゃったら手術してもらえなかった


まぁ、そうだよね…

頭おかしいって思われちゃうよね


だから、今度はウソついてでも

ホントの顔を取り戻すつもりなんだ



@@@



話者には了解をとっているものの

犬の名前は、以前に別の形で公開した時

知っているような反応を示す人がいたので念のため伏せた


この話を聞き取りした時の

話者の容姿はとても可愛らしく思われた


化粧をしていない状態の写真を送ってもらったが

薄い顔ではあるものの、整った顔立ちで醜くはなく

羨ましいと感じる人もいるように思われた


また、別の病院でつくってもらったという

施術後を想定したCG加工画像も受け取ったが

美的観点で言えば今のままの方が良いのではないか?

という感想を抱いたことを付記しておく


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