母と私


母の遺影に向かって手を合わせる。


その髪の毛は薄くなって頭皮が透けて見えていた。

準備の忙しさで良い写真を用意できなかった。

母があっちで怒っているかもしれないが、もう遅い。



私が子どもの頃、母は強くて綺麗な人だった、と思う。

気の弱かった父を従えて、家のことは母がすべてを決めていた。

我が家という小さな王国を統べる女王。


最近の姿が鮮明すぎて昔の母がどうであったかをうまく思い出せない。

少しショックだが、私だけではない、人は色々なことを忘れていく。

だから、母を責めることはできない。


父が亡くなり、母とわたしだけになって

母はすこしずつ壊れていき

最後は実の子である私が誰かすらも分からなくなった。

老いる、というのはそういう事なのだろう。


鏡で自分の顔を見てみる。


もう若くはない、中年女がそこにいた。肌のハリもツヤも失われている。

母のことは私が看取ったが、私の世話は誰が見てくるのだろう?



誰もいない。



悲しいというより途方に暮れてしまう。


母の世話にずっとかかりきりだったから

という言い訳もできなくはない。


そんな中でもチャンスはそれなりにあったはずで

母を理由に私が独り身であることを責めるのはずるい気がした。


母の介護をしなくても良いのだという解放感より

胸の中心にあった確かなものが

どこかへ行ってしまった落ち着きのなさを感じる。


自殺でもしてみようかと考えてみる。

練炭か、飛び降りか、首吊りかと

あれこれ思いを巡らせていると母の遺影がかげった気がした。



気配を感じて振り向くと


若く美しい女が、私をキッと見つめていた。


誰?


と声をあげそうになって気づく。


ああ、母さんだ。


母の若く美しい頃の姿。


自殺などを考えた私を叱りにきたのか?



生前もああしろ、こうしろと指図ばかりだったが


死んでからも、私を縛ろうとするのか

もう放っておいてほしい


ハッキリ今わかった



わたしはこの女のことが嫌いだ。




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