女装した坊さんの幽霊

入院して暇だったので

長期入院しているらしいおじさんと世間話をする


「学校の怪談、なんてのもあるけど

 うちの病院にも怪談ってのがいくつかあってね

 そのひとつに、裏のゴミ置き場に

 女装したお坊さんが出るっていうのがある


 つるっぱげの痩せた坊さんが

 赤いワンピース着て立ってるんだと


 笑えるけど意味が分かんないよねぇ」



興味がわいたので病院の裏に散歩がてらいってみる


女装した坊さんは見れなかったが

病院の裏手にあるゴミ集積場の片隅に

手製の祭壇らしきものがあるのを見つける


カップ酒の空き瓶にどこからか採ってきたであろう

名もわからぬ小さな花が挿されて

お菓子とジュースがちょこんとそなえられていた


目を惹いたのが中央に置いてる黒い毛のかたまりだった

動物の死体かと一瞬ギョッとしたのだが


どうも人ののようで

それが落ちているのではなく、供えられていた


うしろから、おばちゃんに声をかけられる

この病院で長く清掃員として働いているのだという



「ああ、これ…? これはちょっと色々あってね


 美人って言葉はこの人のためにあるってぐらいの

 本当にきれいな女の子がうちの病院に入ってきたの


 特に髪が真っ黒でツヤツヤしててキレイでね

 手をかけて大切に世話をして大事にしてきたんだろうね


 ところが、その子、若いのに

 ガンにかかってて末期だったの


 それでも生きていたいわけだから

 望みをかけて抗がん剤使ったんだって


 副作用で自慢の髪が抜けると分かっていたけど

 生きていたかったんだろうね


 その子の病室にゴミを集めにいった時にね

 ゴミ箱にたくさんの抜けてしまった髪の毛が入ってて

 それを身動きひとつしないでジッーと見ているの


 それで、わたしが髪持っていこうとすると

 すごい目でにらむのよ


 口では「どうぞ、持っていってください」って言うけど

 本当にすごい目でね、あんな目で見られたの

 長いこと生きていたけど初めての経験だった


 こっちは仕事だからって自分に言い聞かせてやりきったけど

 なんだか申し訳なくなっちゃってね

 どう声をかけたらいいかも分からないし


 すっかり痩せてしまって、髪も抜けてしまって

 かつての彼女の姿はなくなった

 元が美人でその印象があるから、本当にひどかった


 そのうち、その子は亡くなってしまってね


 よほど髪のことが悔しかったのかねぇ

 ここに出るようになった


 捨てられてしまった自分の髪を探しに、たまにね

 ほんの少しの、小さなえんだけど

 かわいそうだからね」


そう言うとおばちゃんは祭壇にかがみこみ

手を合わせてぶつぶつと読経をはじめた


老いた彼女の髪は白く

頭の上のところは、うっすらと頭皮が見てとれた


わたしもそれにならって

軽く手をあわせ目を閉じる

目を開けるとおばちゃんはこっちを見ていて


「このお菓子、外箱は水でしけっちゃってるけど

 このままダメにしちゃうのも、もったいないし持ってく?」


と言われたので、面食らう


「あんまり気持ちの良いもんじゃないから、別にいいんだよ

 良ければ、と思ってね いいよ、気にしないで」




病室に戻ると嫁が着替えを持ってきてくれていた


まだ、若い

見たところ、健康でもある


今は良いけれど

いつかは年老いたり病んだりするのだろうなと考える

その時、わたしは彼女にどんな言葉をかけられるだろうか?


そんな話をしたら怒られる

その前に、あなたの手術が先でしょう?と

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